傾国の姫君

 

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挿話 始まりの白い小窓1


 

「きゃぁ見てっ、ライナス様よっ!」

飾り立てられた広間の、ザワザワと人が集まった一角から甲高い声が響いた。

「まぁ本当に御立派になられて……」

「今は軍の総括をされているとか……」

声に促されるように振り返った人々の口から、それぞれ賛美の言葉が漏れる。

それを聞こえない振りをすると、ライナスは壇上に据えられた自分の席へと腰を下ろした。

着席した途端に向けられる、見惚れたような、夢見るような、そして何かを期待しているような其々に輝く瞳。

「………」

その複数の視線にうんざりしたように溜息をついた時、傍らに立っていたガイルが口を開いた。

「不機嫌が表情に出ていますよ? 何か飲み物でも……」

相変わらずの鋭い観察力に嫌気を覚えながらも、ライナスは首を横に振る。

「いや、いい。それよりこの宴をいつまで続けるつもりなんだ?」

「いつまでって……今着たばかりじゃないですか」

呆れたように溜息をつきながら言うガイルを、横目で睨みつける。

いつもは軍の任務を理由に公の場を遠慮してきたライナスであったが、本日の宴は彼自身の成人の儀を兼ねた誕生会である。今回ばかりは辞退するという訳にはいかなかった。

特に二十歳を迎えたからといって何かが変わる訳でもないが、諸侯にせがまれて渋々とこのような宴を催したのであった。

「それよりも、沢山の贈り物が別室に届いておりますが、後程全てにお返事をなさって下さいね」

ボソボソと小声で話すガイルに黙って頷くと、ライナスは又も大きな溜息をついた。

贈り物は今に始まった訳ではない。数日前から大竜で大量にライナスの元へと運び込まれていたのだ。

その一部を手に取ったライナスは我が目を疑った。ご丁寧に梱包された包みの中には、献上された品物の他に送り主の愛娘であろう少女達の肖像画と紹介文が添えられていたのだ。

長生きの魔族としても、二十歳を過ぎると妻を娶る時期にもなる。成人してから老いるまでの期間が長い彼らにとって、権力者に娘を嫁がせることは手っ取り早い家の安泰となっていた。

例年になく大量に届けられる贈り物の意味を知り、いちいち見る気も失せてそのまま部屋を出たのだった。

「ライナス様、ご挨拶の列が出来ておりますが」

そう言われ視線を上げた先には、今まで広間の中に散らばっていた人々が並んでいるのが見えた。

うんざりとしながらも、始まってしまった代わり映えのしない祝いの挨拶に表面上穏やかに言葉を返す。

夜も更け、それらが全て終った頃には、すぐにでも誰もいない大空へと飛んで行きたい気分になっていた。

「お疲れ様でした」

そう言いながら火竜草のリキュールを渡してきたガイルの表情も、半ば疲れているように見える。

黙って杯を受け取って一気に仰ぐと、今までの疲れがどっと出てきたような気がした。

「代わり映えのしない言葉と面子ばかりだな」

ボソリと口から出た言葉に、ガイルが困ったように薄く笑う。

「尚更公の場がお嫌いになられましたか?」

祝辞と共に聞こえる言葉は、自分の娘の器量の話ばかりであった。元々同じ血を持つ一族である。その魔族の間において、政略結婚は少なかったのだが、流石に有翼であるライナスに嫁がせることは家の誇りになるとでも思ったのか、今まで以上に白熱した争いが起こり始めていた。

誰も直接翼の事を口に出す者など居なかったが、他人に興味の薄いライナスだったとはいえ「類稀なる神竜の力の持ち主」と噂されている事くらいは知っていた。

しかし彼自身にとってこの翼は生まれつきの物であり、特別な力など感じたことはない。どうして自分にだけこの翼が有るのかも分からない。

初めからあった翼を特に気にした事はなかったが、周りの人々の勝手な期待感だけがライナスを苛立たせていた。

今まで自分の立場に嫌気が差したことはなかった。しかし同属間で交わされる翼に対する過剰すぎる評価には正直うんざりとしていた。

“たった一人の王位後継者。魔王軍を率いる実力の持ち主。神竜の翼と力を併せ持つ誉れ高き人物”そんな噂だけが先行し、初めて会う人々からでさえ畏怖と敬意の念を持って接されるのだ。

しかしそれはどれも自分に附随する立場や、本人でさえも意味の分からない「神竜の翼」に対する評価だった。

「誰も俺自身を見てはいない」

そう思ったのは、まだ十代になったばかりの頃だった。大勢の同属の中に在ってさえ、交わされる特別視された会話には侘しさを感じた。

催される宴と共に始まる、上辺だけの自分に対する賛美と評価。

何かにつけ公の席へと着かなければならない任務に嫌気が差したのは、その頃からだった。

それが孤高なる者のみが感じる孤独感だと、まだ幼い頃は気付くことが出来なかった。いや、気付かないまま成長してしまい、今はそれすらも慣れすぎて感じなくなっている。

そして他人を寄せ付けない事で逆に孤独感から逃れようとしている、この一見矛盾した心の動きでさえライナス自身が己の身を守る手段であると気付いてはいなかった。

「少し夜風に当たってから休む」

二杯目の杯を仰ってから席を立つと、黙って付き合ってくれていたガイルにそう告げる。

密かに漏れ聞こえた溜息を無視して、城の裏庭へと向かった。

 

断崖の上から眺める、闇夜にぽかりと浮かぶ白い月。

広々と開けた視界にはそれだけしか映らず、人々との会話の煩わしさや好機の目に晒されて、疲れてしまった神経を落ち着かせてくれる。

最近気付くと独りきりで月を眺めることが多くなっていた。

昼間は公務や軍務で忙しくしていた為に、このような時間が取れなかったというのもあるのだが、雑多な喧騒を逃れられるこの時間がことのほか気に入っていた。

目の前の黒く広がる森とは対照的に、夜空に浮かぶ冴え冴えと輝く白い月。そのコントラストと、さらりと頬を撫でる、冷えた風に自分を取り戻せるような気がして、ライナスは暫くその場を動くことはなかった。


 

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