傾国の姫君

 

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挿話 始まりの白い小窓2


 

翌朝早くからライナスは執務室でうんざりと頭を抱えていた。

山のように届いた贈り物に対して、代わり映えのしない礼の手紙を書き続けていたからだ。

もう何通目になるのだろう……そう思いながらぼんやりと眺めた机の端に、見慣れない書簡が一通置いてあった。

他の大きな包みとは違い、その白い封筒には厚みもなく事の他小さく見える。しかしそれが逆に大きな荷物にうんざりとしていたライナスの興味を引いた。

「?」

手に取った封筒には見たこともない蝋印が施されている。丁寧な古語文字で書かれた、見慣れない筆跡に眉を潜めながらも封を切ると、そこからは数枚の手紙が出てきた。

「………」

読み連ねて行く度にライナスの表情が驚きのものへと変わる。

自分達の家の安寧と繁栄のために送られてきた同属からの手紙とは違い、その内容は自国を憂い、世界を憂うものであった。

聞いたこともない国からの一通の手紙。それは同属達のように我欲のためではなく、真に平和を願う嘆願にも似た切なる内容であった。

今まで興味もなかった「人間」が神竜の名と真語を使い、自分に訴えかけてきている。その事に強く興味を抱く。

そして最後に慎ましやかに載っているこの名前……。

「リーナ」

自分と同じ意味の名を持つ少女。だがしかし自分とは逆に幽閉され、孤独と共に生きてきたという少女……。

大勢の中に在って感じるそれと、実際に与えられた孤独とはどれほど違うものなのか。

“救う者”とは皆孤独ということなのだろうか?

ふと感じた疑問に、この少女に会ってみたくなった。そしてお互いに感じる孤独感はどれほど違い、似ているのか話してみたくも……。

だが相手は人間である。国交もなく聞いたこともない国の姫君だ。そう簡単に会うことはできないと、溜息交じりに手にした封筒を引き出しへと仕舞う。公務に戻らなければ、と頭を切り替えて、ライナスはその後の仕事に集中していった。

 

 

 

あれから半月。数度に渡る宴をこなして、人間の少女に対する想いが強くなっていることを知った。

「近くに寄った」

という理由で来城した貴族の娘に突然会わされたり、地方に赴けば「食事会」と称して、舞踏会が催される会場に引っ張って行かれたり。

しかし人々の喧騒が嫌になっていたライナスにとって、それは苦痛でしかなかった。

ガイルによると「成人されたのですから、大人のお付き合いも増えてきますよ」という事らしいが、疎ましい事この上ない。

隙を見付けては会場を抜け出し、人影のない場所を探して時間を潰す。

必要以上に体を寄せてくる香水臭い少女達から離れて、月を見上げながら思い浮かべるのは、孤独と共に生きてきたという人間の少女の事だった。

「今も幽閉されているのだろうか……」

目の前にいる我欲に囚われた少女達とは対照的な、その寂しげな存在に強く心を惹かれる。

孤独を知る人間の少女ならば、自分の心に巣食う侘しさをも理解できるのではないか。

「きゃぁ〜! ライナス様ぁ〜!」

酒に酔った少女に見付かってしまい、甲高く甘えた声の煩わしさに眉をひそめる。

仕方なく、腕を引かれるがまま会場に連れ戻される。ライナスは高く浮かぶ月に、遠い地で孤独を抱く少女の面影を重ねつつ、その場を後にした。

 

 

 

それから半月も経たない内に一通の書簡が出来上がった。

「本当に宜しいのですか?」

そう尋ねる部下達の視線も、反論して来る周りの言葉も、今更聞く気はしない。

「決めたことだ」

それだけを言うと、グレイムを呼び直接書簡を持たせる。

国交がない人間達との受け渡しは、国境付近まで持って行くしか手段がないのだ。

「救いの名を持つ少女は、塞ぎ込むライナス様をも救えるのでしょうか」

飛び立つ大竜を見詰めながら、返事を心待ちにするライナスの背中に向かって、ボソリとガイルが言った。

振り返って「何故だ?」と聞く前に

「この国の少女では貴方に縋りはしても、貴方を救う事は出来ないでしょうから」

と柔らかく微笑みながらも、厳しい答えが返ってきた。

「……そうかもな」

相変わらずの鋭い勘に嫌気を感じながらも、何故だか心地よい納得がある。

「良いお返事が来ると良いですね」

遥か大空へと舞い上がる大竜を見詰めたまま言うガイルに

「そうだな」

とだけ答える。

 

それから一月の後、様々な思惑を含みながらも、これからの伝説の始まりともなる、盛大なる婚礼の儀式が執り行われる事となる……。

END


 

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