傾国の姫君

 

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勇姿6 辛かったら叫びなさい、どこにいたって飛んでいくから


 

キィン! 頭の上で固い金属がぶつかる音が聞こえた。

「あ……」

彼の身長ほどもある長い槍パルチザンで、私の頭上に下りてきた剣を弾き返すと、ライナスが一瞬振り返った。

「お前は下がっていろ!」

どうしてよ、私だって戦えるのにっ! 素早く屈んだ私は手に持った長剣で、バランスを崩した相手の胴を切った。

じぃん……と腕が痺れる感覚に握力を奪われる。

「お前の力で甲冑を潰すのは無理だと言っている!」

あっ、甲冑の上から切っちゃったのね、それならここはどうなのっ!?

私はそのまま敵兵の脛を目がけて剣を払った。甲冑よりも薄いそこは、私の力でも容易く相手にダメージを与えられるみたい。一人、二人、三人……。目の前に居た敵兵が面白いほど次々に倒れていく。

致命傷は与えられないけど、これなら背の低い私にはうってつけの攻撃法だわ!

「気丈な……」

呆れてるのかしら? 敵兵を次々と薙ぎ払いながらライナスがぼそりと言った。

「姫様っ!」

その直後、背中からアルヴィアの声が聞こえた。無事だったのね!

「アルヴィア!」

そう叫んだ瞬間、背後の敵が倒れた。きっと彼女だわ!

大丈夫だったの? 低い位置から攻撃を繰り出しながらそう聞いた私に、彼女は背中を打たれただけだと説明をした。

「そう、良かったわ!」

でも息が苦しい。もう何人倒したのかしら……。そう思った時、ライナスの声が聞こえた。

「お前は最早守られているだけの姫ではない。後は任せておけ」

高い金属音が鳴り響く中、彼の低い声は私を落ち着かせる。

「その通りです、後はお任せください。もうこれ以上姫が手を汚してはなりません」

側面に斧のような刃が付いた槍、ハルバードで一気に数人の敵兵を切り倒しながらガイルも力強く頷いた。

「姫様っ!」

私を守るようにアルヴィアが目前に立ちはだかる。もう目の前の敵兵は残り少なかった。

あぁそうか……これ以上私が出ると足手まといにしかならないんだわ。

落ち着いた私は戦況を見極めると身を引いた。戦い慣れた彼らだけの方が有利に決まっている。

「ありがとう……みんな……」

アルヴィアは私に剣を預け、形だけの……形式だけの夫婦だというのに、ライナスも、それに従うガイルまでも共に戦ってくれている。そして外に居る、無数の魔国の竜騎士達も……。

聞こえないかもしれないけど、私は感謝を口にすると、彼らの背後へと回った。

 

「兄様! どこなのっ!? 兄様っ!」

前方の敵が全て片付いた。私はありったけの声を振り絞って、まだ見たことのない兄様を呼んだ。辛かったら叫びなさい、どこにいたって飛んでいくから、初めて会うのが死に顔だなんて、絶対に許さないんだからね!

「兄様っ! 兄様ぁっ!」

私は必死に叫んだ。もう二度と肉親の無残な死なんて見たくない。それが会ったこともない兄様だとしても。

戦いの金属音は遠い。私達は体勢を整えると耳を澄ました。

「く……来るなっ! リーナ……!」

「!」

聞こえてきた声は頭上から! 私達は一斉に目の前にあった階段を駆け上がった。

 

「なっ……!」

登りきった場所には、数十人を相手に立ちはだかる若い王子と年老いた騎士の姿……。

「父上っ!」

アルヴィアが叫んだ。そう、その年老いた騎士はアルヴィアの父、エルネスタ王の側近ヴァルダーの姿だった。

私達に気付いた敵兵が二手に分かれ襲い掛かってきた。でも、こんな狭い場所では槍を振るえない。

「……下がっていろ」

目の前にいたライナスがそう言うと同時に、ギリッと固い何かを擦り合わせるような音が後頭部から聞こえた。

「下がって!」

私とアルヴィアを庇うようにガイルが立ちはだかる。その瞬間、ゴォッという轟音と共に、ライナスの口元から炎が立ち昇った。

「!!」

彼の翼の動きと共に炎が踊る。ライナスの口元から手の平に移った炎の固まりは、直後に敵兵目がけて一気に噴出した。

ぎゃぁぁぁっ! 耳を塞ぎたくなるような悲鳴と共に敵兵が次々と倒れていく。

「ば……化け物っ!」

怯んだ兵士を一瞬でガイルが叩き切る。兄様とヴァルダーを襲っていた敵兵も、その圧倒的な威力に戦意を喪失したのか、あっさりと倒れた。

「兄様っ……!」

駆け寄って、初めて見た兄様は私と同じハニーブロンドの髪。そして母様のような優しい薄い色の瞳だった。その瞳が寂しげに細められる。

「戻って来て……しまったんだな……」

えっ? なんでそんなことを言うの? 驚いた私の頭を兄様は優しく撫でた。

「お前は父上の事を何も分かっていないようだ……」

何の話をしているの? と聞き返しそうになった私に、ヴァルダーがしゃがれた声で尋ねた。

「……王は?」

「……ご崩御されました……」

それに答えたのはアルヴィアだった。その短い答えに、ヴァルダーは悲痛な面持ちで「そうか……」とだけ答える。

「戦況は我らにあり。宣言なさってください。戦を終わらせましょう」

ヴァルダーは一度目元を拭うと、兄様へと言った。

「……そうだな」

私達は目の前にあるテラスへと移った。エルネスタ城の中央にある城下町をも見通せる一番大きなテラスだ。

戦いは終わったんだわ……と安心して私は息を吐いた。その気の緩みに乗じてなのか、倒れていた残兵が私を無理矢理引き寄せた。

「……っ!」

突然の息苦しさに眩暈がしそうだった。引き摺られた体は疲弊していて言うことを聞かないし、同時に首に宛がわれた長剣に、反射的に息が詰まってしまった。

「姫様っ!」

アルヴィアの悲鳴に皆が振り向いた。ライナスの瞳が怒りにチリチリと燃えている。

「こっ……殺されたくなかったら化け物を撤退させろっ!」

私を締め付けていた敵兵の口から条件が吐き出された。その声は恐怖のためか奇妙に引きつっている。

「……我が妻に何をしているのか、分かって居ろうな……!」

傾きかけた太陽の下、ギラリとライナスの瞳が光った。上空で待機していたアグレイヤがギャァァと叫ぶ。その瞬間、彼女の口から大きな火柱が吐き出された。

「!!」

私は我が目を疑った。アグレイヤが吐き出した炎が、縄のようにライナスの周りをぐるぐると囲んでいるのだ。

バサッ! ライナスの背中にある黒緑色の竜の翼が一度激しく羽ばたいた。その瞬間、ドンッという爆発音と共に私を締め付けていた残兵を穿った。

「え……っ!?」

あまりにも一瞬だったから分からなかった。その後ライナスによって強く抱き締められて、ようやく私は彼に助けられたことを知った。

何だったの……? 聞きたかったけど、きつく抱き締められた腕の中。息苦しくて声が出ない。

「聞け!」

最前へと兄様が立った。柔らかく吹く風。そしてそれに乗せるように高らかと宣言をする。

「同盟軍は敗れた! 戦は終わった。我が国の勝利だ! 皆剣を置け!」

わぁぁと城下から歓声が響いた。足元に広がる風景は崩壊し、決して美しくはなかったけど、戦竜のおかげで鎮圧されていたのは明らかだった。

あぁ……やっと終わった……。

そう思った瞬間、今まで緊張していた神経が言うことを聞かなくなってしまった。ガクガクと痙攣する両足では立っていられない。

「……え……?」

ふらふらとその場に倒れ込んだ私は、そのまま意識を手放してしまった……。


 

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