傾国の姫君

 

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しるし1 私だってがんばらなきゃ


 

私がこの国に嫁いで来て早三ヶ月……。

来たばかりの頃は、伝説と言われている竜が当たり前に飛び回ってることに驚いたり、古語を操りながら覆面を被るという風習に慣れなかったり、祖国が侵略されちゃったりと……色々とあったけど、今はそんな環境にも慣れて毎日を楽しく暮らしているわ。この国もずいぶん好きになったしね。

だけど、ちょっと不満なところもあるのよねぇ……。

 

バサリ、バサリ、バサッ!

ゆっくりと羽ばたいていたアルヴィアの戦竜、シヴァルが鋭く羽をたたんだ……と思ったら、直滑降で獲物を狙う。胴体に取り付けられた長い鞘から素早く剣を抜き出すと、彼女は目標となっている柔らかな古木を片手で真横に叩き切った。

「アルヴィアったらほんとに格好良いわ……」

一連の動作は流れるように美しく、全く隙が見えない。

「流石に最強の女戦士だ、もうあの剣を使いこなしているとはな……」

隣で見ていたライナスも感心したように頷いた。でもそれもそうよねぇ……。

今までは普通の剣を持つ剣士だったんだけど、戦竜に乗って軍の演習に参加するようになったアルヴィアは、シヴァルに乗っている時にだけ、彼女の身長くらいはある特製の長剣を使うようになっていたの。

普通、竜騎士はパルチザンという槍を使うものらしいんだけど、彼女は剣士だったから普通の剣を使っていたわ。でもそれじゃ戦竜に乗ってる時に目標物には届かなかった。だから特製の凄く長い剣を使うように提案をしたのはガイルだったんだけど……。

キィン!

鋭い金属音が耳を貫いた。シヴァルの低空飛行から飛び降りたアルヴィアが、構えていたガイルを頭の上から叩き切る。しかし彼はその攻撃をハルバードの柄で食い止めると、彼女の体を力任せに押し返した。

ザッと砂を蹴る微かな音さえ大きく聞こえる。素早く飛び退いたアルヴィアは腰の長剣を抜き、ガイルに向かって切り掛かった。

それを目前で受け止めたガイルとの緊迫した睨み合いは、命の駆け引きをしているようで、とても他人が近付けるようなものじゃなかった。

「すご……」

気付かない内に息を止めて見入っちゃったわ。

「……あいつも執心のようだな」

呟いたライナスの言葉の意味が分からなくて聞き返そうとした時、睨み合いを止めた二人が近付いて来た。

「姫様、パメラには慣れましたか?」

柔らかな布で汗を拭きながらアルヴィアがふわりと微笑む。頬にキラキラと汗が光る彼女の姿は輝くくらいに美しかったわ。

本当に最強の女戦士って言われるだけはあるわ。だって戦っている時のアルヴィアはとっても生き生きとして楽しそうなんだもの。

「……もう慣れたって言ってるのに、ライナスが基本ばかりを教えるのよ」

中々先には進まない授業内容に、私は少し飽きていた。

「姫君、基本が一番大切なのですよ? 窮地の時に己の身を守れるかどうかは、基本が身に付いているかどうかで……」

「そんなの分かってるわよっ」

もうっガイルったら真面目なのはいいけど頭固過ぎなのよねぇっ。

「双剣には慣れたようだな」

不貞腐れた私を無視してライナスはアルヴィアを見詰めている。

「はい、元々両手を使えるように訓練していましたので」

満足そうに微笑むライナスとアルヴィア、それを見詰めるガイル……。なんだか不貞腐れた私だけ除け者なんじゃない?

「私も竜に乗って剣術を習いたいんだってばっ!」

「お前にはまだ早い」

「姫様それはちょっと……」

「帯剣するとバランスが変わりますので、まだ無理かと……」

次々と却下される私の言葉。

もうっ! ほんとに皆石頭軍団ねっ!

「もういいもんっ!」

全く話を聞いてくれない人達なんか放っといて、私は大人しくしていたパメラの所まで走って行った。

「パメラぁ〜皆が話を聞いてくれないの〜」

話し掛けたって答えが返ってくる訳じゃないんだけど、悔しくて誰かに聞いて欲しかった。

「お前は姫だろう、剣なんか使えなくとも……」

「嫌っ! 私も戦えるようになるっ!」

「別に戦わなくとも……」

「嫌っ! 退屈なんだもんっ!」

「………」

ここ最近三人が軍の演習に行っている間、私はお城で一人ぼっちで退屈だった。だって朝から日暮れまで何もすることがないんだもの。

グレイムさんは色んなお話を聞かせてくれたけど、お仕事が入ったら行っちゃうし、一人だけで戦竜に乗ることはライナスが許してくれなくて、どんなに頼んでもパメラを用意してはくれなかった。

だから今日は無理を言って演習に付いて来たんだけど、久々にアルヴィアの戦う姿を見たから羨ましくて悔しくなっちゃったわ。

私だって頑張らなきゃって思って、飛行訓練に湖まで連れて行ってもらってるけど、知らない間にアルヴィアとの実力がかけ離れていたことを思い知ったわ。本格的に教えて貰ってるんだもん、仕方ないことなんだろうけど……いいなぁ。

「私だって好きで姫なんて退屈な職業に生まれて来てないんだからっ!」

姫って職業だっけ? って思ったけどまぁいいか、我がままを言ってることは充分承知だもの。でもここで踏ん張らないとまた明日から置いてけぼりよっ。

「……無茶苦茶だな……」

ライナスが呆れたように溜息をついた。

「………」

譲る気持ちなんて全くない私との睨み合いが続く。

「……分かった。大人しくしているのなら、明日からの訓練も見学させてやろう」

溜息と共にライナスが吐き出した。

勝ったわ!

諦めたようなライナスの答えに嬉しくなってぴょんぴょん飛び跳ねる。

「……宜しいのですか?」

密やかな声でガイルが囁いたけど、聞こえてるわよっ?

「……軍の訓練を続けながら、片隅で俺がリーナの飛行訓練を見てやることにする。それでいいだろう」

「は……」

頭を下げたガイルがアルヴィアと共に竜の元へと戻って行った。また実践訓練するのかしら? 見ているだけでも楽しいんだけど、やっぱり自分でも竜に乗りたいわ。

パメラの耳の後ろを撫でながら、飛び立った二頭の竜を見詰める。それが羨ましそうに見えたのか、ライナスがゆっくりと近付いて来た。

「……飛行訓練をするのは良いが、お前にも正式な竜を決めないとな」

「え? パメラじゃ駄目なの?」

急な話に驚いて聞き返えす。

「パメラはもう戦竜としては峠を越している、そいつはもう産卵期を迎える時期だ」

「えっ?」

初めて聞く言葉に、大人しく喉を鳴らしている彼女を振り返る。

産卵期って……そりゃ竜だってどこからか生まれて来るんだろうけど……卵だったのね。

何だか変に感心しちゃったわ。

「産卵期の雌竜は不安定になり、少しの刺激でも予想のつかない行動を取るようになる。慣れた竜騎士ならば制御も可能だが、竜の性質を知らないお前にはまだ無理だ」

そりゃぁまだ竜に詳しくはないけど……。でも竜の卵かぁ、可愛いのかなぁ、見てみたいなぁ……なんて、のん気に考えていたらライナスが口を開いた。

「これからはパメラには乗れなくなるぞ」

「えぇっ! どうしてなのっ!?」

そんなの寂しいじゃないっ?

「産卵した雌竜は闘争心を失い大人しくなる。戦竜としては使えなくなるのと同時に、子供を育てる時間を持たせてやるために、乗用としては使わないようにするんだ」

そっかぁ……寂しいけど赤ちゃんのためなんだもん、仕方ないわね。

「パメラぁ〜」

私はパメラの大きな胴体をぎゅっと抱き締めた。

「乗れなくはなるが、会えなくなる訳ではない。産んだ卵に近付けるのは主人の竜騎士だけだが、きっとお前にも見せてくれるだろう」

寂しくて悲しい気分だった私は、その言葉に救われた気がした。

パメラの卵か……きっと絶対可愛いはずよねっ。

「きっと見せてね、パメラっ」

ゆっくりと撫でた瞬間、パメラがクルルと喉を鳴らした。なんだか返事をしてくれたみたいで、私は心の中が暖かくなった。


 

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