傾国の姫君

 

[HOME] [TOP] [BACK] [NEXT]

 

しるし6 気付かせてもらったこと


 

ピィー! ピィーッ!

眩しい光が引いたかと思うと、私はけたたましく鳴く声で目を覚ました。あれ? この鳴き声って……。

ゆっくりと開いた視界の中に薄いピンク色をした子竜の姿が転がり込んでくる。

「あ……」

あの時の子竜ちゃん……何だか懐かしいわ。そう言おうとしたんだけど、声が掠れてはっきりとは出てはくれなかった。

「やっと……気付いたか……」

安堵の溜息と共に聞こえて来た声を確認するように、頭だけを動かす。そこには私を見下ろしているアークの心配したような表情があった。

「心配したのは……こっちよ……無事だったのねアーク……」

私は掠れる声を絞り出すようにして笑って見せた。だけど何だか体がとってもだるいわ……。

「……火竜草が見せた幻覚か……」

私の言葉に難しい顔をしたアークは、じぃっと不思議そうにこっちを見ている。

あれ? 言葉が聞こえるようになったのね。しかも私のことが見えてるみたい。つられて私まで見詰め返しちゃった。

ピィーッ! その瞬間、胸の上で子竜が跳ねた。そのまま甘えるように頬擦りしてくる。

あれ? この子竜ちゃんが居るってことは……。

「……もしかしてライナス……? ……私、元の世界に帰ってこれた?」

「……誰と間違えている」

呆れた溜息と共に返された返事。この反応は間違いなくライナス……。緑の髪をしたちょっと偉そうな魔国の王子だわ。

「……良かった……本当に帰ってこれたんだ……」

安心した私にライナスが又も溜息をついた。

「さっきから何の話をしている。お前は火竜草を食べ、三日間意識が戻らなかったんだぞ」

え……? そういえば苦くて青臭いギザギザの草を噛んだんだっけ……?

「火竜草は俺達にとっては主食だが、人間にとっては毒草だ。二度と口にするんじゃないぞ」

力強く言われた言葉に私は黙って頷いた。この気だるさは、だからなんだ……。

それに納得していると、軽いノックと共にグレイムさんが入ってきた。手には湯気の出る器を持っている。

「気が付かれましたか……」

私を見るなりグレイムさんが柔らかく笑った。そのままベッドサイドへと器を置く。

「解毒剤で御座います」

優しく微笑むグレイムさんにお礼を言おうとしたけど、何だか吐き気がするような匂いが漂ってきたわ。

「飲んでおけ、この国では火竜草で中毒を起す者が居ないからな、慌てて作らせたんだぞ」

その器を取り上げて、ライナスが私を引き起こすと、そのまま持たせる。恐る恐る覗いてみると、緑と茶色が混ざったような、この世の物とは思えない液体が入っていた。

えぇぇー、もしかしてこれを飲むのぉ?

「火竜草を食べたお前が悪い。嫌がるなら無理矢理にでも飲ませるぞ」

顔をしかめた私に向かってライナスがきっぱりと言った。睨み付ける目が本気だってことを物語ってるわ。

「のっ……飲むわよっ」

意を決して一口啜ってみる。途端に鼻に抜けてきた緑の煮詰まった匂いに吐き気がした。

「うぐっ!」

なっ! 何すんのよぉっ!?

飲み込めずに冷や汗を流す私の鼻と口をライナスが一気に塞ぐ。くくく……苦しいじゃないっ!

ごっくん! あまりの苦しさに思いっ切り飲み込んじゃったわ!

「ちゃ……ちゃんとっ、自分で飲み込めたのにぃっ!」

ゲホゲホと咳き込んだ私は涙目になってライナスを睨み付けた。だけど彼ったら平気な顔をして冷静に言ったわ。

「これに懲りたらもう二度と火竜草は口にしないことだな」

……分かってるわよ、そんなことっ!

文句を言いかけた時、グレイムさんが静かにライナスの隣にやって来た。

「お薬を取り替えるお時間でございます」

あ……そういえばライナスも怪我をしてたんだっけ。

「大丈夫なの?」

気が付いた私はライナスの顔を窺った。でもどう見ても平気そうなんだけど。

「俺達は人間よりも頑丈に出来ている。心配するな」

そう言い残してライナスは部屋を出て行ったけど、私はグレイムさんを呼び止めた。

「……本当に大丈夫なの?」

「はい、そこにいる子竜が手当てを続けてくれていたらしく、城に戻られた時には傷口は塞がっておりました」

そう、それなら良かったわ。大人しく眠り始めた子竜を、私は優しく撫でてあげた。あなたが助けてくれたのね。

「それとね夢を見たんだけど、アークライトって知ってる?」

ライナスにそっくりだったんだけど。そう言った私の顔を、グレイムさんが驚いた表情で見詰めた。

「そのお名前をどこで……? アークライト様はこの国の祖王様でございますよ?」

えぇぇ? 今度は私が驚いたわ。

「どこでって……夢の中で会ったんだけど……」

「……夢でお会いになられた? ……火竜草には強い幻覚と催眠効果があると言われております。中毒を起さない我々には分かりませんが、火竜草が持つ記憶が姫様にそのような夢を見せたのでしょうか……?」

感慨深そうなグレイムさんとは別に、私は今まで体験してきた事を思い出して首をかしげた。

「じゃぁここの土地って昔は岩だらけの荒地だったの?」

「はい、岩山はいまでも在るではありませんか。この不毛の大地を緑に変えたのが、生命力の強い火竜草だと言い伝えには残っております」

ってことは、やっぱりあの夢ってこの国の過去だったの……?

益々首をかしげた私に、グレイムさんが柔らかく言った。

「まだお目が覚めたばかりですので、もう少しお休みくださいませ」

そう言えば体がだるいんだっけ。私はその言葉に従って毛布へと潜り込んだ。

「では、私はライナス様の手当てを致しますので……」

大人しくなった私を見て、グレイムさんが安心したように部屋を出て行く。

だけど私は驚きに冴えてしまった頭で、今までの事を思い出してみた。夢にしてはリアル過ぎるんですもの。

見てきた事が本当だったとしたら、この魔国は神竜の姫と人間の男性が創ったってことよね……。

そういえば「私の子供達をよろしく」ってオリヴィアが最後に言ってたっけ……。

「!」

てことは、魔族って神竜と人間の血が混ざり合って生まれたっていうの!?

「アークとオリヴィアは、あの後結婚したんだわ!」

きゃぁ〜! じゃぁハッピーエンドだったんじゃない!

思い当たった結果に胸が暖かくなった。火竜草を食べちゃって大変だったみたいだけど、おかげで気付かせて貰ったことも沢山あるわ。

それはこの国が、種族を超えた、愛する二人から出来た素敵な国だったってこと。御伽噺にしては最高の結末よねっ。

「明日にでもライナスに教えてあげなくちゃ!」

ウキウキして何だか眠れそうもないけど、私は早く明日になるように無理矢理に目を瞑った。

こんなにいい気分なんだもの、きっとまたいい夢が見られるはずよね。


 

[HOME] [TOP] [BACK] [NEXT]

 

© write All rights reserved.

 

inserted by FC2 system