傾国の姫君

 

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しるし10-1 今度は私が会いに行く


 

ライナスと共に通された部屋は、初めて来た大広間だった。豪華に飾られた部屋の中心には、会食のための大きなテーブルが用意されている。

全くこの城ったら、いくつ部屋があるのかしら……。

その大掛かりな装飾に、ぼけ〜っと見惚れていたらグレイムさんの姿と共に扉が開いた。

「王のお越しで御座います」

ゆっくりと開いた扉の向こうに人影がある。

「初めまして、リーナ・ノア・エルネスタ……あっ今はヴェルンハルトだったわっ!」

いきなり挨拶に失敗した私を見て、隣に居たライナスが呆れたように溜息をつく。

だって名前なんて言い慣れてないんだもん、そんな反応ってあんまりなんじゃないっ?

「緊張しなくても良い、姫の事はグレイムから良く聞いているからな」

ライナスを横目で睨み付けていると、太くて良く通る声が頭上から降りてきた。

「明るくて快活なお嬢さんだと聞いておりますわ……」

細く品の良い声に誘われて、私はそっと顔を上げた。

「!」

一瞬驚きで声が出なかったわ。だって目の前に立っていたのは……。

「……オリヴィア……?」

そう呟いた私の言葉に、オリヴィアの表情が驚きのものへと変わる。

「まぁ……」

そう言った声までそっくりよ?

「私はファンティーヌ。ライナスの母ですわ」

はっ? えっ? えぇぇっ!?

何でこんなに若いのよっ!? 見た目なんてアルヴィアよりちょっと上くらいなんじゃないのっ!?

「……姫は本当にあの時を見てきたのだな」

「え……?」

ていうか、この人は魔王様よね……やっぱり?

私はうら若い御母様に驚いた後、まだ壮年に見える御父様にも驚いた。だって私の父様なんてお爺ちゃんだったし。

「あの……御父様と御母様……ですか?」

失礼かとは思ったけど、どう見たって歳が合わないんじゃない? この際失礼ついでなんだからと、私は意を決して尋ねてみた。

「お前は……」

ライナスが呆れたように溜息をついたけど、目の前にいる魔王様? は一度目を丸くした後、豪快に笑い出した。

「我々と人間とでは寿命が違うからな、驚かれるのも仕方がない」

一通り笑った後、薄く目に涙を溜めたまま魔王様が言う。

「え……?」

初めて聞く内容に、私は目を丸くした。

「これでも、私達は人間で言う年寄りなのよ?」

ふんわりと笑って御母様がとんでもないことを言う。

「え? でも……」

謙遜にしては度を越えてるんじゃない?

「我々の寿命は五百年はある。その分ゆっくりと歳を取るのだよ」

えぇぇっ!? じゃ、じゃぁライナスもっ!?

「どんな目で俺を見るんだ、俺はまだ二十年しか生きてはいない」

振り返った私に、気分を悪くしたようにライナスが不貞腐れて言う。

「我々はより子孫を残すため、成人してから老いるまでが長い。あぁ見えてグレイムは前王からの側近だ。四百歳は越えているぞ」

えぇぇっ!? その辺の古木くらい生きてきたっていうのっ?

驚いて部屋の端に佇んでいたグレイムさんを見詰めると、彼は困ったように額をハンカチで拭っていた。

「はははっ、驚かれるのも仕方ない」

余裕で笑いながら魔王様がテーブルへと誘う。それに促されながら椅子へと座ったけど、私の疑問は深まるばかりだった。

 

これまでの事を話題に食事は進んでいった。でもやっぱり皆、火竜草がメインになっている料理しか食べてないわ。

「火竜草の幻覚で創成期を見てきたとか……まさかとは思っていたが、本当だったとは……」

感心したように魔王様が私の顔を見詰めた。それと同時に包みを手渡される。

「これは私達からのプレゼントだ。創国記なのだが、姫はまだ真語が読めないという事らしいからな、簡単な子供向けの絵本にしたよ」

「あ……ありがとうございます」

突然のプレゼントに驚きながらも頭を下げた私を、御母様が優しい瞳で見詰める。

「……私がそんなにオリヴィア様に似ておりますか?」

ゆっくりと口元を拭った様は、本当にオリヴィアそっくりだわ。

「もっと寂しそうな感じだったけど、御母様とそっくりでした」

きっぱりと言う私を、嬉しそうに細めた瞳で見詰めると、御母様は「光栄ですわ」と頬を染めて言う。

ピィー。その時、今まで膝の上で大人しく寝ていたアークが目を覚ました。

生まれたばかりの子竜はすぐにお腹を空かせるのかピィピィと鳴いて食べ物をせがんでくる。

「もうアークったら、本当に食いしん坊ねぇ」

呆れたように言った後、お皿の上にあった火竜草のサラダを一摘み与えると、それを美味しそうにショリショリと食べ始めた。一心に頬張る姿は本当に純粋で可愛いわ。

「その子竜の名がアークとは……アークライト様からか?」

驚いたように言う御父様に、私はちょっと照れて言った。

「はいっ、アークは勇敢な青年だったから、この子もそうなったらいいなぁって、名前を貰ったんです」

言いながら火竜草を食べてご機嫌になったアークを撫でる。掌に擦り寄ってくる甘えた仕草は何よりも無邪気で可愛かった。

「姫が育てているのか?」

「え……? そうですけど?」

私は聞かれるままアークとの出会いを説明した。

「……だから私の事を母親だと思ってるらしくて、離れてくれないんです」

説明が終わったというのに、御父様の表情は驚きのままだった。

「人間の少女が、この国でも珍しいと言われる野生の子竜を育てるとはな……調教されていない竜など、恐ろしくはないのか?」

「え……こんなに可愛いのにですか? それにこの子はライナスの命の恩人なんだし……」

クルクルと喉を鳴らすアークを撫でながら私は言った。その言葉にライナスが横槍を入れる。

「こいつを普通の人間だと思ったら疲れるだけだ」

って、失礼なっ!

「なんなのよ、本当のことじゃないっ!」

言い合う私達を魔王様と御后様が愛しそうな目で見詰める。

「……良い子を貰ったようだな」

えっ?

御父様がそう言った理由が分からなくて、私は首を傾げたけど、ライナスは無言で頷いていた。だけどやっぱり最後までその意味は分からなかったわ。

そんな風に会食は楽しいものだった。夕刻になり、帰られるという時には寂しくなったくらいなんだもの。

「今度は我が城へ遊びに来ると良い」

えっ、でも場所が分からないわ。戸惑っていると、ライナスがすかさず声を掛けてきた。

「魔王城はお前が夢で登ったという岩山の頂上だ」

えぇっ!?

「こっ、今度は私の方からお邪魔しますからっ!」

やっぱりっ、やっぱり魔族ってアークライトとオリヴィアの子孫だったのねっ!

嬉しくなった私は帰ろうとする御二人の手をしっかりと握り、何度も何度も「今度絶対に遊びに行きますから!」を繰り返した。

こうして初めての魔王様との会食は驚きと共に、楽しいものとなったのだった。


 

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