傾国の姫君

 

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しるし2-1 これくらいで諦めない


 

「それでは予定通り、後は頼んだ」

午前の演習を終えて、ライナスが今後の方針をガイルと話している。手短に終わったそれにガイルが頷くと、黙って聞いていた私の元へとライナスがやって来た。

「今からはお前の飛行訓練だ。山間部の飛行は初めてだろう。平野とは違った風が吹くからな、気を抜くなよ」

やっと飛竜に乗れるんだわっ! 嬉しくなった私は朝の喧嘩のことも忘れてウキウキしながらサポーターを身に付ける。

「風を掴めるようになるまでは一緒に乗るぞ」

「えぇ〜、前にエルネスタに行った時は山間部でも飛べたわよ?」

もう一人でも飛べるようになってるって言うのに……。

文句を言う私に向かってライナスが溜息をついた。

「しがみ付いているだけなのとは意味が違う。山間部は高度があり空気も薄い。確実な技術がないと意識を失い落下して命を落とすぞ」

そっか……だからあの時息が苦しかったんだ……。

思い出した私はぞっとして大人しくライナスの後に続いた。久し振りにアグレイヤに乗れるんだから今日のところは我慢しよう。

「アグレイヤ! よろしくねっ」

大人しく待っていたアグレイヤに飛びついて撫でてあげると、嬉しそうに喉を鳴らし始めた。その反応が可愛くって仕方がない。一見怖い物腰の彼女は、実は賢く心優しい飛竜なんですもの。

「手綱をしっかりと握って絶対に放すなよ。俺は指示のみをする。操縦するのはお前だぞ」

「分かったわ」

ごくりと生唾を飲み込み、ゆっくりと手綱を引いて山間に飛び立つ。思った以上にアグレイヤは言うことを聞いてくれて、私は嬉しくなった。

 

「今度は山肌に沿って飛行してみろ」

「分かったわ」

アグレイヤの感覚に慣れたことが伝わったのか、ライナスが後ろから指示を出してきた。その言葉に従い、ゆっくりと手綱を回す。それと同時にアグレイヤが方向を変えた。

「うっ……」

山肌に近付くと途端に吹いてきた複雑な風。

「岩肌にぶつかった風は読みにくい、気を抜くなよ」

「はい!」

風に流されないように手綱を持ち直したけど、その途端に急な突風に扇がれた。

「きゃ……っ!」

驚いた私をライナスが後ろから支えてくれる。

「慌てなくてい良い、ちゃんと前を見てろ」

ひょうひょうと流れる風の音に混ざって、ライナスの低い声が届いてくる。背中を支えてくれる胸にも、回された腕にも熱が伝わり、それらは私を安心させてくれた。

「……俺に寄り掛からずに自分で体を支えるんだ」

気が付いたらすっかり体を預けていたわ。でも何だかライナスの声が掠れている気がするんだけど……?

「ライナス……大丈夫?」

って乗り慣れた彼に私が聞くのも変なんだけど……。

「……俺のことは気にしなくて良い」

でもそう言った声も、何だか辛そうよ?

思わず振り返った私の目の前にはライナスの金色の瞳。そのいつも輝いている瞳が一瞬苦しそうに歪められた後、強い光を放って睨み付けられた。

「飛竜に乗っている時に余所見をするな!」

厳しい口調で言われて慌てて前を向く。

「ご、ごめんなさい。でも……」

絶対様子が変なんだもの。

「……もう良い、今日の練習は終わりだ」

きっぱりと言われてそのまま手綱を奪われてしまう。

「えっ……なんでっ!」

聞き返した言葉に返事はなく、強制的に岩場へと連れ戻されてしまった。

嫌よっ、急に、何でなのっ!?

無理矢理アグレイヤから引き摺り下ろされた私はライナスと睨み合った。

「明日からの飛行訓練はお前一人だけでパメラに乗れ」

「えっ……」

驚いた私はライナスの顔を凝視してしまう。

「お前と一緒に落下するのは御免だと言っている」

「!!」

その言葉と共に冷たい視線を受けて足元が冷たくなった。そりゃ余所見したのは悪かったけどっ……。

「もう良い、今日は帰れ」

「何でなのよっ!」

冷たく言い切られてライナスの後を追う。

「ライナスっ!」

その言葉にも返事はない。嫌よっ! これくらいで諦めないわっ。

「ライナスったらっ!」

腕をぐいっと力任せに引っ張って彼の前へと出る。ようやく足を止めた彼の表情は、今までには見たこともないようなものだった。

なんで……そんなに苦しそうな顔をしているの……?

細められた双眸は怒りのためなのか、チラチラと熱い炎が映っているかのように複雑に輝いている。歪められた口元は硬く引き結ばれ、荒い吐息は何かを耐えているかのように苦しそうなものだった。

「……暫くは俺の傍に寄るな」

その言葉に驚いて彼を凝視していると、体を退かせるように軽く突き飛ばされた。

なんで……なんでそんなに怒るのよっ!

「なんでよっ! そんなに怒らなくても……ちゃんと謝ったじゃないのっ!」

早足で歩くライナスを追いかけて声を掛ける。

「今日はずっと苛々しててっ、朝から変よっ!」

意味も分からず突き放されて、私は泣きたいくらいに混乱していた。ここまで怒らせるようなこと、したつもりはないのに……。

「ライナスっ! 訳があるならちゃんと言ってよっ! こんなんじゃ分からな……!」

建物の影になった瞬間、急に腕を掴まれて力一杯抱き締められた。

「!?」

突然の息苦しさに声も出ない。

「……怒っている……訳ではない……」

えっ? じゃぁ……。

「なに……?」

って言いかけた瞬間に、もう一度強く抱き締められた。

「く、るしっ……」

更に息が詰まって涙が滲んだ。でも私の肩口に伏せられるように乗っていたライナスの顔と、息が熱いのが気になった。もしかして熱でもあるんじゃ……?

「!」

そう思った瞬間、首筋に更なる熱が加わった。それと同時にじわりとした微かな痛みを感じる。

「あ……?」

経験したことのない感覚に、思わず声が上がった。その途端にビクリとライナスの体が震える。

「!」

急に力一杯体を引き剥がされて彼の顔が露になった。その表情は大きく目を見開き、驚いているかのような動揺したものだった。

「……??」

訳が分からずに呆然としていると、ライナスが私を睨みつけた。

「……俺に近付くな!」

苦しげに突然吐き出された言葉に息が詰まる。

でも行動と言葉の意味が伴ってないわ……。混乱したままの私は、その後を追いかけることは出来なかった。


 

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