傾国の姫君

 

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しるし4-2 少しだけ信じてみた


 

ふわふわ……ゆらゆら……。

揺り篭の中で揺れるみたいで気持ちがいいわ。でも何だか心許ないわね……。

私はもっとぐっすりと眠りたくて、潜り込むように寝返りを打ってみた。くるりと体が反転したけど、そこにはなんの感触もない。

あれ? 毛布はどこかしら?

手探りで辺りを探してみたけど、何の感覚も返ってこなかった。

気になった私は寝ぼけながら薄目を開いた。だってまだ眠たくて起きたくないんだもの……。

ぼんやりと開けた視界に日の光が差し込む。もう朝なんだわ……と思った瞬間、目の前に広がった光景に息を飲んだ。

「なに……これ……?」

足元に広がる、荒れて乾いた大地。大小の岩がゴツゴツと幾重にも連なり、それは遥か遠くの山々にまで続いているようだった。

「えぇ……?」

事態が把握できないわ。だってそうでしょ? 今まで緑がいっぱいの魔国にいたはずなのに、全然違う風景なんだもの……ここってどこなのよ?

「あれ……?」

それにこの見下ろすような感覚は……。

「!」

ふわふわ感の意味がたった今分かったわ。私ってば宙に浮かんでるじゃないっ!

でもなんで浮いてるの? ていうか一体ここはどこ?? ライナスはどこに行ったの!?

全然知らない土地に一人だけ、しかも宙に浮かんでるなんてっ!

私はパニックを起こしてバランスを崩した。その途端に視界がぐるりと反転する。

ひゃぁっ!

お……落ち着かないと危ないわっ! 冷静に……冷静にっ……。

「………」

息を詰めてじっとしていると揺れは段々と収まってきた。ちょっとは安定してきたかな? だけど今度は急に心細くなってきちゃったわ。

きょろきょろと辺りを見回してみたけど、乾いた大地にはひょうひょうと虚しい音を鳴らす風が吹き抜けていくだけだった。

「ライナスーっ!」

どこなの? こんな寂しい場所に独りぼっちなんて嫌よ……。

私は不安になって彼の名前を呼んでみた。だけどその声は幾重にも重なったカーテンの向こうから聞こえるような、そんな微かな響きでしかなかった。

「……どうしてっ……?」

ライナスどころか誰もいないわ。

事の重大さが段々と分かってきて、一気に不安になった。独りきりでどうしたら良いのかなんて分からない。

とにかく誰かを探さないと……。

泳いだことなんてないけど、私はじたばたと手足を動かしてみた。

「あれ……?」

ゆっくりとだけど、視界が前方に移動したわ。なんだ、動けるんじゃない。

どうしたら良いのかなんて分からないけど、私はそのままじたばたと空中を彷徨ってみた。なぜだか激しく体を動かしても全然疲れないわ。これだけは有難いわね。

突き出した岩山を大きく旋回して向こう側へと回り込んでみると、何となく整備されたような畑が広がって見えた。

あれ? なんだ、人が居るんじゃない。

だけど荒れて乾燥した畑には何も育ってはいなかった。よく見てみると、その先には集落みたいに寄り添った民家が何件か連なっている。

あそこの人に聞けば何か分かるかも知れないわね。でも急に空中から話し掛けたら驚くかしら……。

不安になりながらも私はじたばたと集落に泳いで行った。近付いてみて分かったけど、どの家々も屋根は痛み、壁が剥がれかかってる。

……なんだか荒んだ村みたいね……。

幽閉されてたから、私はお城やその周辺の城下町しか見たことがなかった。こんなにも荒れて崩れかけた集落なんて見たこともなくて驚きに息を飲む。

その時ガタンという激しい物音と共に、一軒の破れた木の扉が開いた。そこから青年であろう若者の姿が現れる。

「アークっ! やめなさいっ、行っても無駄よっ!」

彼の母親なのだろうか、初老の痩せて疲れたような表情の女性が必死に若者を押し留めている。

「このままだと皆飢え死にしてしまう! この村に残されて、動けるのは俺だけなんだ! 俺が行かないとっ……!」

何が何だか分からないけど、大変なことが起こってるみたい……。私は気になってその場所へと泳いで行った。

「だからって、神竜様に会えるなんて話は、御伽話でしかないのよっ!?」

神竜……? 竜ならたくさん見てきたけれど……。

「今まで何をしても畑が実ることはなかったじゃないかっ、夢物語でもいい、でも何もしないと本当に皆飢えて死んでしまうんだっ!」

必死に押し留める母親の腕を払って、青年は村を飛び出して行った。

「アーク! アーク! アークライト! 戻ってっ……戻って来て頂戴っ!」

泣き叫ぶ母親を置き去りにして、青年は荒れた大地へと駆け去って行く。でも村の為とはいえ、年老いた母様を置き去りにするなんて酷いんじゃないっ? 許せないわっ!

あまりにも悲しい光景を見た私は、一言文句を言ってやろうとアークライトという青年の後を追った。

じたばたと空中を泳ぐ不安定な感覚も、ちょっとずつ慣れてきたわ。

「ちょっとっ! 母様を置き去りにするなんて酷いんじゃないのっ!?」

空中から文句を叩き付けながら、私は青年の前へと回り込んだ。だけど反応はない。

失礼ねっ! 無視するなんていい度胸じゃないっ!

じろりと覗き込んだ青年の顔は、私の予想に反して涙に濡れていた。しかもそれは……。

ライナスっ!?

一つに結んだ茶色の長い髪も、持っている雰囲気も何もかもが違う。だけどその顔はライナス……そのものだった。

どうして……?

訳が分からないわ。だけど、彼は好んで母様を置き去りにしたんじゃないってことだけは分かった。

「………」

私は何も言えなくなって、そのままライナスの分身のような彼をじっと見詰めた。

流れ落ちる涙を袖で乱暴に拭うと、強い意思を宿したような力強い視線で先を見詰める。

アークライト……。

この人が今からしようとしている事が無謀なのかどうかなんて、この世界に来たばかりの私に分かるはずもない。だけどライナスの顔をした……荒れた村と老いた母様を助けようと行動を起こした彼を、私は少しだけ信じてみることにした……。


 

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