傾国の姫君

 

[HOME] [TOP] [BACK] [NEXT]

 

特徴6-2 ちょっとのことで紅くなる


 

「本日は姫様のお好きなクリームシチューですよ」

そう言って出された暖かなお皿にも、私の意識は集中する事はなかった。

「ぅ……」

だって、目の前に居るライナスとどんな顔をして話しをしたらいいのか、分からないんだもの。

「どうした?」

そんな私の態度を不審に思ったのか、ライナスが手を止めた。そこには私とは色違いの、緑色をした結婚指輪が光っているわ。

「あ……? や、何でもないのっ。しっシチュー美味しいわよね」

って、まだ食べてなかったわ。

焦った私は、勢いよく暖かなシチューを頬張る。だけどライナスの眉は寄せられたままで、益々不信感を募らせているのは明らかだった。

いっ、いつもどんな話をしてたっけ……?

焦って視線を下した私の手元には赤い神竜のリング。それを見た瞬間喉が詰まっちゃって思い切り咳き込んじゃった。

どっ、どうしたらいいのっ!? 緊張で顔が紅くなるわっ!

「姫様の古語のお勉強も充分進みましたし、この国の風習の事も、少しずつ御理解されてきているみたいです」

焦ったまま動けなくなっている私にとっては、助け舟になったガイルの言葉が静かな室内に響いた。

「そうか、皆もお前の勉強熱心な姿に感心している話は聞いている。だが無理はするな」

ちっとも進まない私の食事とは違って、食べ終わったライナスが口元を拭きながら言った。

「むむむ無理なんてしてないわ。私の実力よっ?」

しまった。噛んだ。

言った直後にもライナスの眉が疑問を浮かべたように寄せられちゃったわ。

「……少し疲れているみたいだな」

「そ、そうかも」

言ってる事がぐちゃぐちゃなのは自分でも分かったけど、引くに引けなくなって残りのシチューを口の中に掻き込むと、私はそそくさと席を立った。

「姫様、食後のお茶は宜しいのですか?」

そう聞いてきたアルヴィアに「喉は渇いてないから大丈夫」とだけ言って、お行儀悪いけれど先に部屋を出る。だって、これ以上緊張したら自分がおかしくなるんじゃないかって思ったんだもの。

そんな私をガイルとアルヴィアが微笑みながら送り出してくれたことは、駆け足だった私は気付く事が出来なかった。

 

「はぁー、疲れたわっ」

食事を終えて、お城の中庭にある噴水の前で一息つく。でも何で急にライナスの顔が見られなくなったのかって考えると、不安になってきた。

「……これから寝る時も顔を合わせるのに」

う〜んって考えたって、今までそうだったんだから仕方がないわ。だけどそもそも何で平気だったのかしら?

「……だって、別になんとも思わなかったから」

考えたけれど、結局答えはそれだけだった。

じゃぁ今は特別だと思ってるの?

「………」

ライナスは大事だって、もう随分前から思ってたじゃない。違うところといえば、う〜ん……。

考え込んでいた私を照らす、登り始めた明るい月。その光に何かがキラリと反射した。その輝きに誘われるように視線を動かした先にあったものは。

「?」

月明かりに煌めく結婚指輪を見詰めた瞬間、私の脳裏に言葉が過ぎった。

「愛?」

「………!?」

自分の口から漏れた言葉に、倒れそうなくらいに驚いた。

「な、なに? 今なんて?」

月明かりの下で汗だくになりながら自分の気持ちを問い質す。

「ホントに? いつから!?」

急激に襲ってきた波に飲み込まれそうになりながら、私は記憶を辿った。

そういえば、不意打ちだったけどキスもされてるんじゃない。しかもそれからもずっとベッドは一緒だったし、抱き締められた事なんて数え切れないわ。

「………」

考えれば考えるほど、自分の顔色が蒼ざめていくのが分かった。だって今なんて、抱き締められることに違和感なんて全然感じないんだもの。それどころか安心できて心地良いとさえ思ってしまってるわ。

「……わっ、私って、もしかしてすっごく鈍いの?」

認めたくないけれど、今までの事を考えたらそう思うことしか出来なかった。気付いた時には顔も見れなくなってるなんて。

異性なんて父様以外周りに居なかったから仕方がないのかも知れない。恥ずかしいけれど、それは認めるわ。だけどもしかして今の状況って……。

「恋がしたいっていう願いが叶ったのかも知れないの……?」

昔、恋って苦しくて、切ないんだってエルネスタの侍女達が教えてくれた事があったわ。だけど、私は今までそれに気付く事が出来なかった。

それをライナスは初めから指輪に刻まれた気持ちで接してくれていたのね……。

そう思ったら、何だかライナスには申し訳ない気分になった。

「………」

指輪に刻まれた“愛し守る”という文字をもう一度見詰める。

ライナスは、私に力がないから何も言わなかった訳じゃないのかも知れない。私を心配させないために気遣ってくれてたのかも知れないわ。

「それも“守る”一つの手段だものね……」

だけど、そんな守られ方は嫌だわ。私だって悩みを聞ける人間になりたい。

「ライナスに見合う人になりたいなぁ……」

吐いた息が白く夜空に舞う。体が緊張で火照ってたから気付かなかったけど、もうそんな時期なのね。

「探したぞ。もう夕涼みをする時期でもあるまい」

突然掛けられた言葉にドクンと心臓が高鳴った。声だけで分かる、愛しい人の存在。

「そ、そうね。すぐに戻るわ」

たった今寒さを感じたばかりだというのに、もう私の体は汗ばむくらいに火照っている。そんな自分の変化に戸惑いながらもお城の中へと足を進めた。

「何をしていた?」

隣に並んだライナスの息が微かに上がっているのが分かった。私の態度がおかしかったから探しに来てくれたのかも知れないわ。

「……っ」

そう思った瞬間に湧き上がった、狂おしいほどに甘く抱き締めたいという感情。

「えぁ……と、もうすぐ白竜月だから、白い竜を探してたの」

その気持ちを堪えたまま、私はとぼけるように言った。その直後に漏れた、ライナスからの深い溜息。

だけど、恋って凄いのね。ちょっとのことで紅くなって緊張するけれど、同時に泣きたいくらいに愛しくなるの。それでいて心のどこかが甘くて苦しくて切ない気持ちにもなるんだわ。

「ライナス、私ね、色々と大切な事に気付いたのよ」

それが何か、なんて恥ずかしくて今は言えないけど、でも。

「これからも頑張るからよろしくね」

それだけを言って、やっぱり急に恥ずかしくなってずんずんと廊下を歩いて行く。その後姿を見詰める金色の瞳が柔らかく細められた。


 

[HOME] [TOP] [BACK] [NEXT]

 

© write All rights reserved.

 

inserted by FC2 system