傾国の姫君

 

[HOME] [TOP] [BACK] [NEXT]

 

特徴7-2 「だって、だってね…」


 

部屋の外へと飛び出した私は、長い廊下を右往左往と行き交う侍女達をじっと見詰めた。

「ねぇ、皆何を急いでいるの?」

ちょうどこちらへと向かってきた若い侍女に声を掛ける。すると手に持った大きな袋を持ち直しながら、彼女は深々とお辞儀をしてから口を開いた。

「これは奥様。収穫された穀物を城内の倉庫へと運んでいるところなのですよ」

身長は私よりも高いものの、華奢な彼女にはどう見たってその袋は重そうだったわ。

「大変そうね、手伝いましょうか?」

言いながら手を伸ばした私に気付いて、彼女は慌てたように飛び退いた。

「めっ、滅相も御座いませんっ! そんなことをして頂いてはライナス様に叱られてしまいますっ」

恐縮した彼女は冷や汗をかいたように身を縮こまらせている。

「別にライナスはこれくらいで怒らないと思うけど……」

困ったように腰に手を当てた私に、彼女はおずおずと頭を下げてから言った。

「奥様には奥様にしか出来ない事があると思います。私共の手伝いよりも、そちらを優先された方が宜しいかと思いますが……」

「彼女の言う通りだと思います」

いつの間にか私の後ろに立っていたアルヴィアからも賛同の声がする。

「そう、ね。分かったわ。それじゃ頑張ってね」

二人がかりで説得されて、私は諦めたように彼女を見送った。だけど「私にしか出来ない事」って何よ? それを見付けるために色々と勉強しているんじゃない。

胸の奥にある中々解けない謎に、私は少し苛立ちながら廊下を歩いて行った。

 

当てもなくてくてくと歩いていたら、いつの間にか会議室の前に来ていたわ。私は漏れてきた聞き慣れたライナスの声に耳を傾けた。

「今年の実竜月も豊作で、越冬の準備は滞りなく進んでおります」

「そうか、厳しい冬を乗り越えるために、民にも充分な備えをするように伝達を出しておけ」

「それは如何にもですが、民が不安に思っていることは、そんな事ではありませんぞ」

初めて聞く低くしゃがれた声に、私は視線を上げた。古いお城だから扉の蝶番が緩んでいて、隙間から少しだけ中の様子が窺えるわ。

「何だ? 言ってみろ」

ライナスの返事の後に聞こえた業とらしい咳払いの後、恰幅の良い初老の男が言葉を続けた。そうね、年齢はグレイムさん位かしら?

「王子が人間の妃を娶った後、婆様の宝竜玉に不吉な影が出だしたと、町で噂になっておりますぞ」

それって私の事じゃない?

急に飛び出した自分の事に私は息を飲んだ。後ろに居るアルヴィアにも緊張が走ったのを感じるわ。

「噂……だと?」

聞き直すライナスの声も驚きに擦れていて、彼自身もこの話を初めて聞くんだと分かる。

「はい。婆様の占いで種蒔きの時期を決めている事は、王子もご存知の通りで御座います。しかし民の中には婆様には及ばないものの、占いの心得を持つ者も居ります。中には宝竜玉を読める者も居たらしく、その者の言う“人間の妃が災厄の根源”という噂が町中に広がっている状況です」

初老の家臣が話している間にも、会議室の中はざわざわとどよめいている。だけど私はその内容に緊張したまま動く事が出来なかった。

「……確かに婆様は不吉な色が出始めているとは言っていたが、妃が原因だとは言ってはいなかったぞ」

「しかし、娶られた時期から不吉な色が出始めたと、町で噂になっております。王子は越冬の心配よりも、民の不安を取り除くことが先決であると考えます」

言い合う言葉にライナスの返事はなかった。ここからじゃ彼の姿は見えないけれど、多分困惑しているんだろうって事くらいは想像できるわ。

「……分かった、検討しよう」

少しして聞こえてきたライナスの声は力なく擦れているわ。私は堪らなくなってその場から駆け出した。

 

バシャッ!

中庭の噴水の所まで走って来た私は吹き出す水に思い切り両手を沈めた。掌に心臓があるみたいにドクンドクンいって、今の私の心の中みたいに荒れ狂っているわ。

「姫様っ!」

後から追いかけて来たアルヴィアの声にも振り返らず、そのまま澄んだ水底を見詰める。

「姫様……」

気遣うようにゆっくりと歩いて来ながらアルヴィアが優しく声を掛けてきた。

「……結局私って、どこに行っても邪魔者なのね」

その言葉にアルヴィアが息を飲むのが分かったわ。

「その様なことは……」

「だってそうじゃない? エルネスタでも、ここでもっ、私が居ると国が傾くのよっ!」

振り返るのと同時にバシャンと大きな水音がした。

「どこに行っても私には不吉な予言ばかりが付き纏うんだわ!」

涙が溢れそうになってる私を、アルヴィアが苦しそうに見詰め返してるわ。彼女の表情も悲痛に歪められていて、心の底から心配してくれてるっていうのが分かる。

「私だって頑張ってるっ、だけどっ」

どうすればいいのよっ!?

握り締めた濡れた拳に、新たな水滴が落ちる。アルヴィアの前で取り乱したって状況が良くなる事なんてないわ。だけど……。

「リーナ様……」

言葉をなくした彼女が困っているのも感じる。だけど私はこの感情を抑える事が出来なかった。

「だって、だってね……」

不吉な予言が私の周りに現れる度に、私の大切な人達が苦しむんだもの。それが心配で心配で……。

「悲しいんじゃないわ、何も出来ないことが悔しいのっ……」

私、エルネスタを出てここに来てから、自由になったんだって思ってた。どこにだって行けるし、色んな人とも出会えた。

だけど私に付き纏う予言はそのまま存在してて、結局私は何も出来ないままなのよ。

「これじゃ塔の上にいた時と同じじゃないっ!」

言った瞬間、頬から涙が宙へと舞った。占いを悔やんだって仕方ないって分かってる。ここで泣いたからって何も変わらないことも。だけど、非力な自分が悔しいわ。もう何も出来ないまま大切な人達が苦しむのも、死んでいくのを見るのも嫌なのよっ!

「アルヴィア、私っ……」

涙を拭って顔を上げる。このまま泣いているだけだったら、本当に何も出来なかった昔の自分と同じだもの。

「私、明日婆様に会いに行くわ」

その言葉に驚いたように目を見開いた彼女の表情が、私の決意の固さを感じたのか納得したように引き締まった。

「分かりました。お供いたします」

短い返事の後に、柔らかく抱き締められた。耳元で「何も出来なく、歯痒く思うのは自分も同じ事です」と聞こえた言葉に、私は何度も頷いてから明日の作戦の相談を始めた。


 

[HOME] [TOP] [BACK] [NEXT]

 

© write All rights reserved.

 

inserted by FC2 system