傾国の姫君
特徴8-2 「………」無言で抱きつく
「で? レオノラさん……婆様から迎えにって、それってマルゴ・バルツァーのこと?」 民家も畑もなくなり畦道を抜けた先から森へと繋がっていた。その森の小道へと差し掛かった時に一旦足を止めると、私は確かめるように尋ねてみた。 「私のことはレオノラとお呼び下さい。この国で皆から“婆様”と呼ばれるのは、大占者バルツァー様しか居られませんよ」 やっぱりそうなのか、と頷きながら私は質問を続けた。 「私達が来るって分かってた事だけでも流石なんだけど、やっぱりこれも婆様の力なのかしら?」 私はライトグリーンに変わってしまった髪を掴むと、目の前で微笑む少女に向かって見せた。 「それは私が施した術で御座います。ライナス様は火と風を操ることが出来ますが、私は多少ですが光を操る力を持っておりますので」 光? 光で何で色が変わるのかしら? 不思議に思ったのが伝わったのか、若草色の髪の少女が道端に咲いていた黄色い花を一輪摘んだ。 「光の反射によって色は決まるのですよ。この花は、今は黄色を反射しているのですが、反射した光に少し赤い光を加えてあげると……」 鮮やかな黄色から一瞬でオレンジ色へと変化した小花を、私は驚きと共に見詰めた。 「な……何となく分かったような……。じゃぁ髪の色が根本的に変わってしまった訳じゃないのね」 ゆっくりと頷いて「一時的です」と答える少女を見詰めてから、私は安心したように息を吐いた。だって大好きな母様譲りのハニーブロンドが気に入ってたんですもの。ライトグリーンもかっこ良くて捨てがたいけれど、一生このままなのかと一瞬焦っちゃったわ。 「幼い頃より備わっていたこの力のお陰で、婆様の館で働かせて頂いております。兄と同じくお城で働きたいと思うこともありましたが、今は光を大分上手く操れるようになりましたし、婆様のお傍で修行して良かったと思っております」 「お城で働いている兄様……?」 私はその言葉に引っ掛かって、レオノラの顔をしげしげと見詰めた。 「えぇ」 微笑んだままの彼女は面白そうに私の反応を見詰めているわ。 「お城で働いてるって、私もしかしたら兄様と会っているかも知れないのね?」 「ライナス様の側近ですから、毎日のように会っているとは思いますが」 「………」 そう言えば、賢そうで上品なこの物腰は……。 「ガイルの妹なのぉ〜〜〜!?」 転げんばかりに驚いた私とは違い、レオノラは微笑んだまま「正解です」とだけ言うと、更に微笑みを深くした。 「兄がいつも御世話になっております」 お世話ってー、なってるのはこっちの方なのよ! 私は焦ったままレオノラの顔を凝視した。そういえば、落ち着いた物腰が似ているといえば似ている気がするわ。 振り返って見てみたアルヴィアも驚いたままなのか、足が止まったままだわ。それにしても出来の良い兄妹なのね。ガイルは超が付くくらい真面目で冷静なのは分かってるけど、妹のレオノラもレンズの薄い大きな眼鏡がとっても知的なんだもの。 「はぁ〜、何だかこの国に来て以来、久し振りに驚いた気がするわ」 そう言いながら先を歩くレオノラの後を追う。暫く大人しく付いていくと、鬱蒼とした森の中に小道は消えてなくなっていた。 「少々お待ちくださいね」 そう言いながらレオノラがゆっくりと何かを口にした。それは古い神語で「許可されたる者を通せ」という意味だったわ。 言い終わると、消えていたはずの小道が突然姿を現した。私はその異様な出来事に息を飲んだままだったわ。 「不審者が婆様の館へと辿り着けないよう、幻術を施しているのですよ」 「……これもやっぱりさっきの光の魔法なのね?」 そうです。と聞こえた返事に、私は大きく息を吐いた。だって魔国に来て以来、飛竜に火の魔法に風の魔法って、慣れたつもりだけれどエルネスタにいる頃に比べたら、信じられない事ばかりが起こるんだもの。 開かれた道を暫く歩き、辿り着いた古い館に私は今日何回目かの溜息をついた。 ここは鬱蒼と茂る森の最奥なのか、目の前には天を覆うほどの大木がそそり立っているわ。苔生した大木の根っこの辺りに、館と大木が一体になったような不思議な建物が静かに佇んでいる。 「これは……」と声を途切れさせたアルヴィアの金の瞳も、信じられない物を見たように丸く開いている。 「初めていらっしゃった方が驚かれるのも仕方ありませんね。この館は婆様の術により、大木と共に生きておりますから」 慣れたように招き入れられた大木の館の中は濃い緑の香りがして、不思議な見た目とは違い清々しい空気で満たされていた。 案内されるがままに辿り着いた、最奥の部屋の扉を潜った瞬間、少し懐かしく感じるしゃがれてひび割れた声が聞こえてきた。 「久しいの、勇ましき姫君。城を抜け出すとは、ほんに勇ましき事だの」 にやりと笑ったのか、くしゃりと渋い顔をしたのか、相変わらず皺深いマルゴ・バルツァーの表情は分からなかったわ。 「……そこまで見えてるのなら、私がここまで来た理由も分かってる筈よね?」 「姫様……」 何故だかこの婆様の前だと私は挑戦的な態度になってしまうみたい。だって出会いが最悪だったんだもの。だけどその雰囲気を察知したアルヴィアから制止するような声が漏れた。 「よい、分かっておるわ。しかしの、わしは“導く者”にしか過ぎぬ。己で浮かんだ疑問は己で解かねば、何の意味も持つまいよ」 流石に何でも答えてくれるほど甘くはなかったわ。私はじろりと睨み付けたまま次の言葉を考えた。 「私が災厄の根源だというのは本当なの?」 「そなたがこの国を訪れた頃から宝竜玉に不吉な影が現れておるのは事実だの」 「じゃぁそれを回避するには?」 「分かっておれば、動いておる」 レオノラが淹れてくれたお茶にも手を出す事を忘れて、私は必死に婆様へと質問を続けた。部屋の後ろの方で聞いているアルヴィアも緊張しているのが何となく伝わってくるわ。 「私はね、自分に何が出来るのかを知りたいの」 「まずは己の器を知る事だの。今の自分にどれだけの力があるのか知らねば、その答えを導けるはずもあるまい」 折角ここまで来たのに不可解な答えばかりが返ってきて、私は頭を抱えた。言っていることは最もなことだろうけど、ハッキリと言われると耳が痛いわ。 「この国に来てから学んだ事も多かろう。今の自分に何が出来るのか、そこから考え始める事が必要だの」 「この国で学んだ事……」 うんうん唸り始めた私に婆様が顔をくしゃりと歪めると、ぼそりと話し始めた。 相変わらず表情は分からないし、話す内容も小難しくて取っ付きにくい婆様だわ。だけど、私は投げかけられたその言葉に答えを見つけようと必死で頭を回転させた。 |
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