傾国の姫君

 

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特徴3-1 「頑張ろう…」密かな決意


 

「あぁ懐かしいわ!」

グレイムさんに大竜でエルネスタまで送ってもらった私とアルヴィアは、勝手知ったる城の中を急ぎ足で歩いた。

本当に手紙の内容通りなのね、あんなに破壊されていた城壁も町並みも、以前よりも立派なくらいに復興されているわ。

「早くお兄様達に会いたいわね、今はお部屋かしら?」

すっかり以前の活気を取り戻した城内の雰囲気に上機嫌になってアルヴィアへと尋ねた。

「午前の謁見は終っているはずですから、キルティス様の私室かと思われますが」

そう、じゃあすぐにでもお話が出来そうね。

私は以前父様が使っていた中央の部屋へと階段を駆け足で登った。

 

「ただいま、お兄様!」

ドカッと大きな音を立てて扉を開いた私の方を、お兄様とヴァルダーが驚いた顔をして振り返った。

「あれ? あ、そっかヴァルダーはお兄様の側近になったんだっけ?」

そう尋ねながら部屋へと入った私に、二人の困ったような視線が集中した。

「……なによ?」

「……嫁いで少しは女性らしくなったかと思えば」

「姫様はお変わりないご様子ですな……」

なんなのよ? 二人してっ。久し振りに会った最初の言葉がこれだなんて、あんまりなんじゃない?

「姫様、扉はきちんとお閉め下さいませんと」

後から入ってきたアルヴィアまでお説教だなんて、折角のいい気分が台無しになっちゃったわ。

「魔国の王子にご迷惑をお掛けしていないでしょうな?」

ムッと唇を尖らせた私に向かって、ヴァルダーのしゃがれた声が問い詰めるように言った。

「そんなことないわよ、ねぇっアルヴィア」

「………」

返事がないわ。

「そんなことないったらっ!」

困ったように小首を傾げたままのアルヴィアの返事を待たずに、私は断言するように強く言った。

「妃たるものが、母国とはいえ簡単に国を離れて良いのか?」

「大丈夫よ、ちゃんと許可は貰ってるわ。夕刻にグレイムさんが迎えに来てくれるんだから、それまではいいの」

それを聞いてお兄様の口から安堵の溜息が漏れた。相変わらず真面目なお兄様らしいわね。

「それにね、私今古語を習ってるの。今日はその授業がお休みだから遊びに来たのよ?」

「ほぅ、古語をですか」

やっとヴァルダーから感心したような言葉が出たわ。

「そうよ、凄いでしょう? すぐにお父様みたいに使えるようになるわよ」

そう言った途端にアルヴィアが息を呑んだけど、この際それは無視だわ。

「その内古語でお手紙書くからちゃんと待っててねっ」

ピィッ!

今まで腕に掛けてた籠の中で眠っていたアークが、私のはしゃぎ声で目を覚ましたのか寝袋の中から顔を出した。

「あら、アーク。起きちゃったのね」

ひょいと抱えあげた子竜を目の前にして、お兄様とヴァルダーの顔が

「!?!?」

こんな感じで固まっちゃったわ。

「この子はアーク。アークライトよ」

私は慣れちゃったけど、やっぱりまだ驚いちゃうのかしら?

「……それは……子供の竜……ですかな?」

もうヴァルダーったら、何怖々聞いてるのかしら。笑っちゃいそうになるじゃない。

「そうよ、私が育ててるの」

「リーナが竜を……?」

何よその目は。

「そうよ、子猫みたいで可愛いでしょう?」

「子猫……」

でもピィピィ鳴くから鳥かしら?

「姫様。その子竜を他の者には見せないようにお願いしますぞ」

まぁ猫でも鳥でも可愛いからいいか、なんて考えていた私に向かって、ヴァルダーが気を取り直したように真剣な顔をして言った。

「えっ? どうして?」

「先の戦で魔王軍に救って頂いたこの国では、魔族を悪く言う者はおりません」

「うん」

「ですが、魔王軍の最たる戦力である飛竜を、同盟軍が見ております」

「そうね……」

「またこの国に他国の間者が居ないとも限りません。圧倒的な戦力を持つ飛竜に成長するその子を奪われでもしたら……」

「失礼致します」

ヴァルダーの話の途中で、性急なノックと共に扉が開いた。私は驚いてアークを寝袋に戻したけど、入って来た侍女らしい暗い印象の女性とばっちり目が合ってしまった。

「……これは姫様お帰りでしたか……」

見た事もない中年の侍女は、黒い前髪が長く顔に掛かっていて表情が分からないわ。

「えぇ……」

ヴァルダーの話の途中だという事もあって、私は体中でその人を警戒した。

「姫様、久し振りの祖国なのですぞ、積もる話もありましょう。どうですか、ご自分のお部屋に参られては。きっと懐かしい事でしょう」

「そ、そうね」

気を利かせてくれたヴァルダーの言葉に従って、私は高い塔の天辺へと登った。

「誰なの、あの人?」

ひたひたと細長い階段を上がりながら訊ねる。

「先の戦の後で仕えるようになった侍女ですが、新しく城勤めをした者には警戒をしております」

「……そうなの」

戦が終ったって言っても、まだまだ平和じゃないのね……。

世界最弱の国の歴史は戦と共にあったと言っても過言じゃないのよね。私は久々に見た厳しい現実に心が重くなるのを感じた。

「姫様着きましたぞ」

そう言って開かれた重い扉は懐かしく、ちょっと苦い記憶を思い出させたわ。

「お前はここで誰も来ぬように見張っていなさい」

その言葉にアルヴィアが黙って頷く。そうか、この部屋を選んだのは通路が一本道だから警護しやすいのね。

ヴァルダーの判断には感心したけれど、ピリピリと神経を研ぎ澄ませないといけない、そんな祖国を悲しいとも思った。


 

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