傾国の姫君

 

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特徴4-2 「あなたの安らげる場所になりたい」


 

醒竜、動竜、芽竜、花竜、緑竜、雨竜、濶竜、盛竜、紅竜、穣竜、白竜に眠竜……。

「凄いわね、この国の月には独特の読み方があるんだわ。しかも全部に竜が付いてるなんて」

私はアルヴィアと一緒に昨日ガイルから渡された魔国の風習に関する本を読んでいた。

「あっ、月毎に食べる火竜草の料理もあるみたいよ? でもやっぱりどれも苦そうよねぇ」

簡単な文章だったら随分と読めるようになっていた私は、初めて知る内容にワクワクしながらも続きをノートに書き写していた。

「姫様、もうそろそろ今日の分の課題が終りますが」

夢中になってて気付かなかったけれど、本の半分位は読み進んでいたわ。

「沢山やる分には文句は言われないでしょ? もうちょっと先まで進んでから終わる事にするわ」

あら、春には火竜草の花のお菓子を食べるんだわ。一体どんなお花が咲くのかしら……。

国の外になんて出た事がなかった私にとって、他国の文化は想像以上に興味を引くものだった。自分の知らない世界がこんなにも広かったことに感動し、その土地独特の風習が伝統として守られていることに関心を持つ。

「さてと、読んだ所までの感想も書き終わったわよ」

本の大半を読み、それに関する疑問と感想を書いた紙を整えてアルヴィアを振り返る。

「予定よりも随分と早く終りましたね」

そういえばまだ夕刻前だわ。しかも今日は軍の会議だからライナス達は遅くなるって言ってたし……。

「まだ大分時間があるわね」

勉強部屋として使っている部屋から出ると、余りある時間をどう使おうかと考えながら長い廊下を歩く。

「あっ、そうだわ」

その途中にあるライナスの書斎の前で立ち止まると、私は誰も居ない部屋の扉を開いた。

「どうなさいました?」

訊いてくるアルヴィアを促して部屋に入ると、私は着ていたドレスの袖を捲くった。

「何だか最近ライナス忙しくて疲れてるみたいじゃない? 書類の手伝いは出来ないけど、片付けくらいだったら役に立てるかなぁって思って」

散らばっていた机の上の紙を大きさ別に整えながら答える。

「……勝手に触ると分からなくなるのではありませんか?」

「場所は変えないから大丈夫よ、アルヴィアは机を拭ける布を探してきて」

心配するアルヴィアを追い出してから伏せてある本をきちんと閉じる。勿論開いてあった頁には栞を挟んで。だけどライナスって元から綺麗好きなのね、全然散らかってないもの。

「あら?」

簡単に机を整えていたら薄く開いたままの引き出し気付いた。

「?」

何となく気になって開いてみたその中には、読み終わった書簡が重ねて置いてあったわ。

「??」

一番上にあったのは私達が使う普通の文字で書かれたもので、その見慣れた様子に、私はついその中身を読んでしまった。

「えっ……」

そこには丁寧な文面だけれど、明らかにライナスの事を莫迦にしたような内容が記されてあった。しかも……。

『魔国の王子は人間の女性がお好みのご様子、先日申し上げた竜との交換は、我が国の美姫を御用意しております』

「なにこれ……」

「竜を奪う戦力を持たない国からの書簡でしょうね」

雑巾を持って来たアルヴィアが渋い顔をしながら言った。

「化け物扱いの後は王子に取り入り竜を頂くつもりですか、浅ましい事ですね」

日頃あまり怒りを顔に出さないアルヴィアから辛辣な言葉が漏れる。私はそれが悲しくなって、その書簡を引き出しに戻そうとした。

「人間の姫君を貰った意味とは。それが国民に不安を与えているという自覚はあるのか?」

目に飛び込んできてしまった古語を、思わず言葉にして読んでしまった。

「姫様……」

これは会議の内容を記したものみたいだわ。だけど……。

「ライナスって何も言わないけど、国の内外から責められているみたい……だから最近疲れていたのかしら……」

引き出しを閉めながら、ライナスの顔を思い浮かべる。

「何も仰らないという事は、気にしなくても良いという事でしょう……」

そう言ってくれたアルヴィアの顔もなんだか切なそうで、その後の言葉を私は発する事ができなかった。

 

 

 

「う……ん……」

いつもは朝まで熟睡してるっていうのに、この日は真夜中に目が覚めてしまった。私も精神的に疲れていたのかしら。

隣にはいつの間にベッドに入ってきたのかしら、ライナスの端正な寝顔。だけど影がさした目元はやっぱり疲れているみたいに見える。

瞼にかかる長めの前髪をさらりと撫でると、一層見えてくる閉じられた瞳。初めて触ったライナスの髪の柔らかさに驚きながらも、私はじっとその表情を見詰めた。

いつもはきつい光を放つ金の瞳のせいで分かり辛いけれど、彼にだって心の奥に抱えている色んな物事があるんだわ。

「いつも平気そうにしているのにね……」

それは私を気遣ってるからなのかしら……?

疲れて眠るライナスの横顔。だけど何も言わないのは私の為なのかも知れないと思ったら、急に切なくなって泣きたくなった。

「……っ」

滲み出そうになる涙を必死に堪えて目元を拭う。どうしてだか抱き付きたくなった衝動を必死に止めて、私はその寝顔に誓った。

私がこの国に来た意味なんてまだ分からない。何が出来るのかも。

だけど、何も言わずに守ってくれているあなたの安らげる場所になりたい。だから私もわざと気付かないふりをするわ。そして出来るだけ早く現状を見極められるように、これからも必死に勉強をする。

最近急に肌寒くなってきた夜風に身を震わせて、私はベッドの中にもう一度潜り込んだ。

「頑張るからね」

そう呟いて目を閉じたら、隣で眠るライナスの暖かさが伝わってきて、私はそのまま眠りへと誘われていった……。


 

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