傾国の姫君
特徴5 おずおずと近寄る
何もできないけど、ライナスの足を引っ張る事だけはしたくない。そのためにはもっと頑張らなきゃ。 あの夜以来、私は更にこの国のことを知ろうと沢山の本を読むようになった。 そんな私の気持ちが伝わったのか、ガイルが用意してくれる本も、より実践的なものになっている。 「姫様、熱心なのは宜しいのですが疲れてはいませんか?」 魔国独特の考え方の本を読みながら難しい顔をして考え込むようになった私に、ガイルが休憩を申し出た。 「別に疲れてなんかないわよ? 難しい本だから集中してただけっ」 「それならば宜しいのですが……」 いけない、ライナスどころかガイルにまで心配掛けちゃったわ。 だけど魔国って本当に竜に対して信仰深い国なのね。随所に出て来る神竜という文字に、私はライナスの顔を思い出した。 「そろそろお茶の時間ですが、如何いたしましょう」 暫くすると、開いた扉からグレイムさんが遠慮がちに顔を覗かせた。 「あら、もうそんな時間なの?」 集中してたら時間って経つのが早いのね。なんて言いながら席を立つ。 皆で揃っていつもお茶を飲んでいる、日当たりのいい部屋に移動した時には、珍しくライナスの姿が先にあった。 「最近は竜に乗せろと言わなくなったな」 香りの良いアップルティーに気分を良くしていたら、ライナスがゆっくりと口を開いた。 「今は古語を習うのに必死だから」 「やはり使い慣れない文字を習うのは大変か?」 大変なのはライナスの方じゃないの? って聞き直したい言葉を、私はお茶と一緒に飲み込む。 「ライナスの方こそ、会議ばかりで疲れない?」 当たり障りのない言葉に置き換えて、ライナスの反応を窺った。 「今日の会議は夕刻からだ、まだ始まっていない」 「じゃぁ少しは時間があるの?」 そう尋ねたらゆっくりと頷いたライナスを引っ張って、私はいつも飛竜で飛び立っているお城の裏にある崖の上にやって来た。 「お互いに息抜きが必要な時期なのかも知れないな」 目の前の森の、いつの間にか随分と進んだ紅葉を見詰めていたら、前を向いたままのライナスの背中から声がした。 ……ってことは、やっぱり疲れていたのかしら。なんて考えてしまう。 「最近は話す時間もあまり取れてないものね」 日中でも肌寒くなってきた風に身を震わせて、私はじっとライナスの背中を見詰めた。 周りから色んな事を言われても、今まで通り普通に接してくれる。何も言わないこの人は、私のせいで立場が悪くなっているんだろうか。だけど私には何も出来ない。役に立つことも。そんな私を邪魔に感じた事はないのかしら……。 「ライナスは……平気なの?」 何がとは聞けないけれど、私はおずおずとその背中に近付いた。 「公務は今に始まったことではないからな」 そうじゃなくって……。 私は喉元まで出てきている言葉を、必死に堪えた。 「……お前は何も心配するな」 振り向いたライナスの、伸ばされた腕。それが優しく私の頭を撫でる。 「ぁ……」 くしゃりと柔らかく触れられた瞬間。私の胸にズキンとドキンという痛みが一緒に訪れた。 この痛みは一体なに? 不思議に思っていたら、久し振りにライナスから抱き締められた。 「……あまり無理はするな」 戸惑っている私を不安がっていると思ったのか、ライナスの言葉も腕も癒すように優しく、背中を撫でてくれる。 「私……」 伝わってくる体温が、冷たい風に心地いい。 「私ね、この国が好きだわ」 「そうか……」 大きな背中に腕を回してから、ライナスの事もよ……って思った瞬間、涙が溢れそうになった。 「私、この国のために何が出来るか探しているの。まだ何も見付からないけど」 涙を見られないように頭を低くしたまま言う。 「この国のために役立ちたいわ」 ドキドキと胸打つ脈が、煩いくらいに耳元で鳴っている。その意味を知りたくて、抱き付く腕に力を込めた。 「頑張るから……」 美しい紅葉と共に広がる風景の中で交わされる約束。 ライナスは何も言わなかったけれど、もう一度ぎゅっと抱き締めてくれた。その腕の中で私は息も出来ないくらいに激しくなる動悸をじっと耐える事しか出来なかった……。 |
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