傾国の姫君
勇姿10-2 男でも女でも私より強い奴が好き
いつも乗っている戦竜で高い山を一つ越えると、開けた視界におびただしい程の竜が真っ直ぐに列を作って飛行しているのが見えた。 「うわぁ……」 あまりにも均整が取れたその動きに私は溜息を漏らした。ガイルが誘導してくれるまま、山間の平たくなった大きな崖の上にゆっくりと着地する。 そこには固い岩山をくり抜いて作られた大きな「町」が形成されていた。 「……!」 初めて見る光景に見惚れていると、ガイルが説明を始めた。 「ここは魔王軍の居住区となっております。数が多いため、このように見えますが、ここに住んでいるのは全て鍛えられた竜騎士と、軍を支援する関係者のみです」 ……他の国が攻めてきても大丈夫だと、ライナスが自信を持っていた訳が分かったわ……。 高い山脈に作られた砦は来る者を拒み、竜に乗らないと辿り着けない造りになっている。しかも軍の数は見えているだけでもエルネスタの五倍はありそう。 「他にも国の周辺を巡回しながら監視している部隊。もう一つ山の向こうには、湖の近くで炎を操る訓練に出ている部隊、他にも其々の任務を果たしている部隊があります」 「はぁ〜〜」 溜息と共に説明を聞いていると、飛行していた部隊が私達の元へとやって来た。 「ライナス総括、エルマー参謀総長」 一列に並んで着地した部隊の中から隊長らしき青年が声を掛けてきた。 「姫様は軍の演習の見学ですね」 頷いた私に一礼をしてから甲冑姿の青年は隊の元へと戻って行った。 「今から戦闘訓練だ、ゆっくりと見ていろ」 そう言ってライナスとガイルは隊の中へと入って行く。一斉に飛び立つ戦竜に驚きながらも、私はその雄姿を目で追った。 流れるような滑らかな動きで宙に舞ったかと思うと、直滑降で目標物となっている古木へと舞い降りる。そして鋭い槍で突き刺したそれは、一瞬で粉々に砕け散った。 「すご……い……」 あまりの迫力に私は息を飲んだ。パルチザンをクルクルと構え、自在に操る竜騎士の姿は美しくもあった。 その一連の動作はライナスの指示によって指揮れている。その雄々しい姿に見惚れながら、私はアルヴィアの顔を窺った。 「……素晴らしい軍ですね」 私に気付いてそう言ったアルヴィアの瞳はキラキラと輝いている。 もしかして? 「……私もあのように実際に戦えるようになりたいものです」 やっぱりぃ〜。 この国に来てから侍女となったアルヴィアは、一人で剣術の練習はしていたものの、軍の訓練に参加してはいなかった。 「………」 見惚れたようなその横顔をじっと窺っていると、空中のガイルが声を掛けてきた。 「もう少し竜に慣れれば、貴女も訓練に参加できるようになりますよ」 一瞬見開かれたアルヴィアの瞳は、次の瞬間戸惑ったように伏せられた。 「……私は姫様の侍女……ですから……」 諦めの溜息と共に吐き出された言葉には寂しさが窺える。 「……アルヴィア、貴女のしたいようにして。お城にいる間はグレイムさんもいるし、私は大丈夫だから」 そう言うと、アルヴィアは困ったように笑った。 「しかし……」 「近衛は強いに限る。明日からでも参加すると良い」 会話に気付いたライナスも声を掛けてくる。 「ね?」 私が笑い掛けると「はい」とアルヴィアは嬉しそうに美しく微笑んだ。 ……それにしても。 ライナスって何なのよ? ガイルが力強く古木を叩き壊すのは分かるわ。でも、不安定な空中から的のように印を付けられた古木に向かってパルチザンを投げてそれを命中させるなんて……。 男でも女でも私より強い奴が好きだけど、こんなに竜を乗りこなしていたなんて知らなかった……ちょっと悔しいわ。 「私も参加したいっ!」 急に言った私に、全員の視線が注目した。 「莫迦な!」 「姫様っ!?」 「無茶です」 ……って一気に否定しなくてもいいじゃないっ! 不貞腐れた私はパメラの元へと走り寄って抱き付いた。 「もう少し上手に乗れるようになったら、私も訓練に参加するんだからっ!」 駄々をこねる子供みたいになっちゃったけど、私は不貞腐れたまま皆を睨み返した。 「お前はまだ空中の散歩だけで満足していろ」 アグレイヤと共に低空飛行で近付いてきたライナスに、空中へと攫われてしまう。 「なっ……!?」 驚いた私は一瞬息が止まってしまった。アグレイヤに引っ張り上げられ、そのまま見る見る上昇して、二人だけの世界へと誘われてしまう。 「なにすんのよっ! 危ないじゃないっ!」 振り返って怒鳴る私を、ライナスが後ろからぎゅっと抱き締めた。 「暴れる方が危ないだろう」 うっ……。 いつもは平気だけど、あんな事があった後なんだもの、密着する体温が恥ずかしい。 「……今朝は悪かった。これ以上強引な事はしないと心掛ける」 居心地が悪くてもぞもぞしていると、ライナスが低い声で言った。耳元でささやかれた言葉は優しく、私の心を揺さ振る。 ……また胸が痛くなっちゃったじゃない。 「べ……別にっ……嫌だったとかじゃなくってっ……私はちゃんとっ……」 恋がしたいの……って言いたかったけど、恥ずかしくて言えなかった。 「……お前はこの国が好きだと言った、今はそれだけで充分だ」 言葉と共に優しく抱き締められて、私は胸に痞えていたものがなくなっていくのを感じた。なぜだかアグレイヤもクルクルと上機嫌に喉を鳴らしている。 開けた視界に広がる山々の凛とした峰と、深い森の美しい緑。 私、本当にこの国が好きだわ……。 この国みたいに、いつかライナスのことも、もっと好きになれたらいいな……。 じぃんと心の奥に染み込むような愛しさに、温かくなった胸の中で私はそう思ったけど、恥ずかしくてライナスにそのことを伝えることは出来なかった。 私、この国に来て良かった。これからが本当の私の人生なんだわ。 無限に広がる視界に、やっと自由を手に入れたんだと感じる。 私に告げられていた言い伝えは呪わしい物じゃなかった。本当の意味を知り、その呪縛から開放されて、今は大切な者も手に入った。 これからはもっと大切に生きていかなきゃ! 私は緑の美しい空気を胸いっぱいに吸い込んで、新たに始まる自分の人生に、わくわくと胸を躍らせた。
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