傾国の姫君

 

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特徴10-2 ただひたすらに一途に愛してくれる


 

「戦竜は生後半年ほどで飛べるようになるが、アークは成長が早いな」

私達の元に舞い降りたライナスが感心したようにアークを見詰める。

「でもまだちょっと浮かんだだけよ?」

胸の痛みを堪えながら笑ってみせた私に教えるように、彼が口を開いた。

「体を持ち上げるほど翼がしっかりとしてきたのならば、自由に飛べるようになるのも近い」

そうなんだ、アークもちゃんと成長しているのね。私も成長しないと……。

「今日の勉強はもう終ったのか?」

そう思っていたら、ライナスから声が掛かった。

「ちょっと気分転換に来たのよ」

「そうか、お前もこいつも成長が早い」

「え?」

初めて言われた言葉に思わず息を飲んじゃったわ。驚いて振り返った目に映ったのは、いつも通りの静かに見詰め返してくる金色の瞳だった。

「古語を習得し、この国のことも詳しく勉強していると聞いている」

え……毎日忙しいのに気に掛けてくれてたの?

日頃何も語らない金の瞳は、私を心配させないためだって気付いたわ。だから一人で問題を抱え込んでいるんだってことも。でもそれ以上にライナスが私のことを気に掛けてくれていることが分かって、心の中が急激に暖かくなった。

「まだまだこれからよ」

急に恥ずかしくなって目を逸らすと、擦り寄ってくるアークの頭を撫でる。嬉しさと恥ずかしさと暖かさで、私の心はいっぱいになった。

「一緒に頑張ろうね、アーク」

そう言ってから見上げたライナスの瞳は、優しく午後の光に煌めいている。そうなんだ。この人の愛情って、静かで穏やかなんだわ。今まで気付く事が少なかったけれど、何も言わないこの人は、確かに私を見詰めてくれている。キラキラと美しく輝く金の瞳で、ずっと見守ってくれていたじゃない。

「ライナス……」

思わず口から漏れてしまった名前に見詰め返される。その瞳にキュッと胸が締め付けられた。あぁ、私はこの人が好きなんだわ。

穏やかな日差しの中で言葉もなく見詰め合う二つの瞳には、相手を思いやる暖かな光が宿っている。静かに、ただひたすらに一途に愛してくれる、この人の力になりたい……。

淡く色づく想いと過酷な現実。

ライナスの暖かな瞳に力付けられるように、私は創国記の翻訳を進めた。

 

 

 

あれから何度かの昼と夜を、私は創国記と共に過ごした。

寝不足で体が苦しくて投げ出しそうになった時には、持って帰っていた母様のオルゴールを聞きながら頑張ったわ。父様と母様の娘なんだもの、私にだって誤解を解く力があるわよねって思いながら。

そしてやっと本日、一冊の本が出来上がったわ。タイトルは「ヴェルンハルト創国記」にしたわ。だって魔国って響きが悪いじゃない?

そもそもこの国は魔国なんていう場所じゃないわよ。神竜の子孫であるヴェルンハルト王家が統治している、列記とした王国じゃない。

素晴らしい神話と共に創られた、緑豊かな美しい国。それを分かって欲しくて、創国記を誰もが読める文字に翻訳したわ。

暫くしてアルヴィアが本の挿絵をプレゼントしてくれた。それは今までエルネスタで言われていたようなトカゲ顔の魔族ではなくて、アークライトはライナスをモデルに、オリヴィアはお后様をモデルにしてあるものだった。

アルヴィアが協力したいと言っていたのはこの事だったのね、って嬉しくなっちゃったわ。

私はこれをエルネスタに送るつもりよ。そしてお兄様に広めてもらって、魔族との人間の誤解を少しでもなくす事が出来たらいいなって思ったの。

 

出来上がった分厚い表紙の本を見詰めて、ライナスが驚いたような顔した。隣で立ち尽くしているガイルも同じだわ。

「だからいいでしょ? グレイムさんに送ってもらっても」

お城の専属である大竜を動かすためにはライナスの許可が要るみたいね。私は真新しい本とライナスの顔を交互に見詰めてその答えを待った。

「……グレイムを向かわせるのは良いが……」

驚いたままの口元から漏れたのは、肯定でも否定でもなかった。

「なに?」

聞き返した私の顔を、ライナスがまじまじと見詰める。

「お前はずっとこの作業をしていたのか?」

「そうよ? この本が魔族と人間の架け橋になったら良いって思ったの」

そう答えた私に、今度こそライナス顔が驚きに変わったわ。

「素晴らしい出来ですね」

パラパラと頁を捲っていたガイルから感心したような声が漏れる。

「よくここまでお一人で……」

その声は感心というよりは、最早感動といった感じね。

「私が見てきた真実も付け加えてるから、この国の創国記よりも面白いはずよ?」

実は書いている内にお堅い「史実」というよりも、ワクワクするような「冒険物語」みたいになっちゃっただけなんだけど、面白ければいいかと思って、そのまま書き上げちゃったわ。

「そうか」とライナスが頷いた時、ノックの音共にグレイムさんが部屋へと入ってきた。

「この本をエルネスタのキルティス王に届けて欲しい」

そう言って手渡された分厚い包みを大事そうに抱えると、グレイムさんは「かしこまりました」と丁寧にお辞儀をして部屋を出て行った。

「ところでね、ライナス」

私は改めてライナスの方を振り返ると、じぃっとその瞳を見詰めた。

「なんだ?」

急に改まった私に、彼の表情も引き締まる。

「創国記の翻訳って大変だったのよ?」

私は業とらしく腰に手を当ててみせた。その様子に片方の眉を歪ませて「だろうな」と言った彼の頭の上には疑問符が見えそうだわ。

「だからね、ご褒美が欲しいの」

「褒美?」

日頃あまり物をねだらない私が、急にこんな事を言い出したもんだから、彼の表情は益々困ったように歪んだわ。

「ライナスがしてる指輪を貸して欲しいの」

元々飾り気のないライナスは、結婚式の時に交換した指輪しか身に着けていないわ。

「良いが……何をする?」

疑問だらけだという彼の表情に、私は胸を張って堂々と言った。

「古語を習得した私には、まだまだ出来ることがあるのよ?」

何を威張っているんだろうと頭を傾げながらも、外してくれた指輪を受け取ると、私は大切に両手で包んだ。

「まぁ、それは出来上がってからのお楽しみだから」

ふふふと笑ってから、呆然とする人々を残したままその場を後にする。

私ったらやっぱりこっそり何かを企むのが好きみたいね。

ご機嫌になりながらも、先に部屋を出て行ったグレイムさんの後を追う。それは勿論この国で一番の彫刻家を尋ねるためだった。

 

 

 

あれから数日後、出来上がった指輪を受け取ると、私は上機嫌にライナスが戻ってくるのを待った。

相変わらず公務や軍務で忙しくしているけれど、収穫の時期を終えた城内は、以前よりは大分落ち着きを取り戻してきたように感じるわ。

「あっ、お帰りなさいライナス」

ちょっと疲れた様子のライナスに駆け寄って、可愛く包装された小箱を手渡す。

「?」

何だろうと思いながら包みを開けている彼の事が、手に取るように分かるわ。

「改めて、私の神竜の誓いよ」

笑いながら言った瞬間、思ったより強い力で抱き締められた。

「リーナ……」

そう耳元で呟かれた名前が、私の心をも暖かくする。突然の事で驚いたのかしら、それとも感動しているのかしら?

抱き締められた掌の中「我、神竜の名の下に対なる者を心より愛し共に生きる」と印された金緑の指輪が、暖かな光に淡く輝いていた。

 

 

 

翻訳されたヴェルンハルト創国記がエルネスタ王国により増版され、世の中に広まる事となる。全く未知の国であった魔国というものに皆が興味を持ち、それは瞬く間に世界へと広がっていった。

しかしそれは、これより一月後の話となる……。

 

END


 

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