傾国の姫君

 

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特徴10-1 ただひたすらに一途に愛してくれる


 

どうにか明け方までには寝室へと戻ることが出来たわ。

私はこっそりとベッドへ潜り込むと、寝たふりをしながらライナスが目覚めるのを待った。

チチチと囀る小鳥の声も、徹夜の私の耳には煩いものとして聞こえる。だけどそれもライナスが起きるまでの辛抱ね。なんて思いながらじっとその時を待った。

 

「起きろ、朝だぞ」

揺り動かされて目を開ける。私ったらいつの間にか本当に眠っちゃったみたいね。だけどライナスには夜中に寝室を抜け出したことはバレてないみたいだし、一応は成功よね。

「もう朝なの?」

そう言っていつも通りに体を起す。寝不足で頭痛がするけれど、私はノロノロと衝立の向こうで着替えを始めた。

「今日も会議なの?」

着替え終わったライナスから「あぁ」とだけ返事が返ってきた。だけどその声は何だか不機嫌そうだわ。でもそれも仕方ないわよね。だって毎日疲れてるんだもの。

待っててね、ライナス。少しかも知れないけれど、私が貴方の助けになるからね。

 

寝不足で食欲なんてなかったけれど、私は無理矢理に朝食を口の中へと押し込んでから早々に立ち上がると、勉強部屋へとやってきた。

「本日は何のお勉強になさいますか?」

訊いてくるアルヴィアに私は昨日の夜のことを話した。初めは驚いていたけれど、少しでもライナスの助けになりたいということを告げたら納得してくれたわ。

「では私も些少ながら協力させて頂きたいと思います」

そう言うと、そのまま部屋を出て行こうとする。どうしたの? と尋ねた私に向かって「少々お待ちください」とだけ言いながら楽しそうに笑うと、彼女は本当に勉強部屋から出て行ってしまった。

「何なのかしら?」

独り言を言いながら創国記の頁を開く。朝の日差しで暖まってきた部屋の中でつい眠たくなるけれど、私は気を引き締めて昨日の続きを進めるために必死に眠気と戦った。

 

「ちょっと休憩にしようかしら」

昼食を食べ、傾いてきた日差しの中で、私は大きく背伸びをした。そういえばお茶の時間も断って翻訳に集中してたんだっけ。でもそれも限界だわ。今にも眠気が襲ってきそうなんだもの。

「そういえば最近アークと遊んであげてないわね」

私が勉強を始めてからはグレイムさんがアークの面倒をみてくれてるんだって、この前聞いたわ。眠気覚ましと気分転換をかねて、私は昼間アークが遊んでいる中庭へと向かった。

 

 

 

ピィー!

私を見付けるなり嬉しそうに走り寄ってくるアーク。足だけでは物足りずにバサバサと翼をはためかせながら駆け寄ってくる様は、必死そうで本当に可愛いわ。

「ごめんねアーク、最近構ってあげられなくて」

そう言いながら広げた両腕に、子馬くらいに成長したアークが飛び込んでくる。もう、アークったらこんなに大きくなっても甘えん坊なんだから。

「今日のお勉強は終わりなのですか?」

噴水のところに佇んで、アークを見守ってくれていただろうグレイムさんから声が掛かった。

「ううん、ちょっと気分転換しに来たの」

そうですかと頷くグレイムさんを残したまま、私達はお城の裏にある崖までやって来た。

 

ひょうひょうと冷たい風が絶え間なく吹いている。それは私の眠気を攫ってくれるみたいで、とても心地の良いものだった。

緑から橙、橙から紅へと鮮やかに変化する森は、ここに来たばかりの頃とは装いを変え、飽きることなく私の目を楽しませてくれる。

「本当にここは綺麗な国ね……」

こんなに綺麗な国に一体何が起こるというの? 冷たすぎる風に一瞬ぞくりと悪寒が走った。

母様が好きだった雄大なる自然は変わることなく静かに広がっている。その清々しい空気を胸いっぱいに吸い込んで、私は亡き母へと思いを馳せた。

父様と母様も、初めは誤解から始まってたんだって聞いたわ。でもそれも時と共に解けていったんだって……。

「父様のところに嫁いで、母様はお幸せだったの……?」

思わず漏れた言葉が風に舞う。私はそれに構わずじっと目の前に広がる大いなる自然を見詰め続けた。

暫く見惚れたまま動かなかった私に向かって、急にピィッとアークの声が届いた。

「何?」

そう言って振り向いた先に、必死にバサバサと翼を動かすアークの姿が映った。

「??」

何をしているのか分からずに、私はその様子を凝視する。一段と強い風が吹き付けたかと思うと、その瞬間アークの体が宙に浮かんだ。

「アーク!?」

突然のことに驚いて駆け寄る。その瞬間頭上に浮かんでいたアークが、急にどっと落ちてきた。

「いたっ! 重っ!」

予想以上に大きくなっていたために支えきれずに二人して尻餅をつく。だけど私はアークが飛んだ事に興奮して、痛みよりも感動で胸がいっぱいになった。

「アークっ! いつの間に飛べるようになったのっ!?」

訊き直しても当のアークは機嫌良さそうに喉を鳴らしているだけだわ。今見たのって夢なんかじゃないわよね?

 

「もう飛べるようになったのか?」

じぃっとアークの顔を覗き込んでいたら、遠くから声が掛かった。声の主がライナスだと分かっていても、その姿を見付けられないわ。

しばらくキョロキョロと見回して、私はお城のテラスからこちらを見ているライナスの姿に気が付いた。

「ねぇーっ、ライナスも今の見たわよねー!?」

嬉しくてつい大声になっちゃったわ。そんな私に向かってライナスが微笑んだかと思うと、突然彼の後ろに大きな翼が現れた。

バサリと、一度羽ばたいただけで彼の姿は浮き上がり、二度目の羽ばたきで私たちのいる崖の所にまで到達する。その力強く雄々しい姿に私は息を飲んで見惚れてしまった。

重い枷と共に存在する神竜の翼。だけどそれはやっぱり美しくて、ライナスにとても良く似合っていると思う。その翼はライナスと一心同体なんだわ。そう思った途端に胸の奥がズキリと痛んだ。


 

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