傾国の姫君

 

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しるし7 それっていつの話?


 

ピィピィと鳴く声に朝早く目が覚めた私は、早速昨日気付いたことを教えようと、子竜を掌に乗せたまま彼の寝室へと向かった。

「ライナスーっ、大発見よーっ」

言いながら勢い良く扉を開く。

「きゃ……ぁ? あれ? なにそれ?」

ばぁぁんと音がしそうなほど勢い良く開いた扉の向こうには、着替え中のライナスの姿があった。でも私が驚いたのはそんな彼の裸じゃなかったわ。

「……それ刺青?」

上半身に何も身に着けていない彼の背中には、肩から腰にかけて大きな緑の翼の形をした模様が入っていた。

「……ノックくらいしろ」

質問しながら近寄った私に、ライナスの呆れたような声が掛かる。

「あぁ……そうだったわ、ごめんなさい」

でもそんな事はどうでも良くなっていた私は、言葉だけで謝罪をすると彼の背中を間近で見詰めた。

「うわぁ……」

思わず溜息が漏れたわ。だってその翼の中には複雑な模様がびっしりと画かれていたんだもの。

何か意味があるのかしら? 不思議な文字みたいにも見える模様だけど……だけどその美しさったらないわ。

「……この痣は生まれつきだ。神竜の印という」

「凄いわ……でもそれって何か特別な意味があるの?」

言いながら思わずその模様の上を撫でていたわ。触った感じは他の皮膚と同じなのね。でもその途端ライナスの肩がビクッと震えて、驚いた私は慌てて手を引っ込めた。

「……この痣は俺と共に成長している。この印を持つ者には神竜の力が宿ると言われているが、今のところ炎と風を操る力と、自力で飛ぶことくらいしか実感はないな」

そうなんだ……?

「え? 飛ぶって魔族は皆飛べるものじゃないの?」

魔族について結構詳しくなったつもりだったけど、まだまだ知らないことも多いみたい。

「この印は畳んでいる時の翼本体だ。今これを持つ者は、この国には俺だけしか居ない。ここ数百年の間、神竜の印を持って生まれた者はいないと聞いている」

「そっか……じゃぁ飛べるのはライナスだけなのね」

珍しい物だっていうのは分かったわ。でも私の興味は既に他のところに移っていた。

「ちょっと……翼……出してみて?」

急に言った私の顔をライナスが怪訝そうな顔で見詰めた。

「……何度も見ているだろう」

「だってライナスが翼を出した時って私が落っこちてる時ばかりじゃない。ゆっくり見ることなんて出来なかったわ」

「それはお前が無茶ばかりするからだ」

それはそうだけど……。

冷静に言われて私は首を竦めた。でも藪蛇だったかも知れないけど、好奇心が勝ったんだもの。

「ねぇーいいじゃない。ちょっとだけ、ね?」

しつこく食い下がった私にライナスが呆れた溜息をついた。だって綺麗だし、凄いし、一度ちゃんと見てみたかったんだもの。

「……何故そんなに翼など見たがる?」

「だって、前に少し見えた時、すっごくかっこ良かったんだもの!」

きっぱりと言った私に、ライナスの顔が驚きの表情に変わった。

「分かったから……少し離れておけ」

そう言った途端、痣が一気に盛り上がった。そしてバサリとあの大きな竜の翼が姿を現す。ライナスの身長よりも随分と大きな翼で、部屋の中が一気に狭くなった気さえしたわ。

「うわぁ〜! やっぱり凄いっ! かっこいいわっ!」

喜んだ私はライナスの元へと走り寄った。初めて触ってみた彼の翼は僅かに温かくて、生きてるんだと実感できる。しかも翼を出したら背中の痣はなくなってるわ。本当にあの印は翼だったのね。

「……お前はこの異形の姿が怖くは……醜くはないのか……?」

感心しきっている私に、ライナスが躊躇うように静かに訊いた。何だか翼があることを嫌がってるみたいに聞こえるんだけど……?

「なに言ってるのよ、神竜は人間を救ったのよ? オリヴィアと同じ翼だわ、怖い訳ないじゃない。それにとっても綺麗だと思うわ」

私この目で見てきたんだからっ。と自信を持って胸を張った途端、ライナスの表情が驚きに変わった。同時に力一杯抱き締められる。

「……火竜草はお前にそこまで見せたのか……お前がこの国に来た時は、竜に近付くのも怖がっていたのに……」

「それっていつの話? もう随分と前のことよ」

抱き締められたのには驚いたけど、彼の動揺が手に取るように分かる。でも私だって成長したんだからね。

くすくす笑いながらそっとライナスの背中を撫でる。何に動揺してるのかは分からないけど、なぜだかちょっと震えているわ。

「それにね、私見てきたもの。皆を救うために命を懸けたアークと、人間を救うために神界から堕ちた優しいオリヴィアから、魔族は生まれたんだって。それはもう大変だったけど、素晴らしい出来事だったわ。だから怖い訳ないじゃ……」

もう一度力一杯抱き締められて、息が詰まって言葉が途切れてしまった。

「……お前が……あの国の姫で……良かった……」

「え……?」

肩に乗ったライナスの顔は見えないけど、声まで震えてるわよ?

「ライナス……?」

そんなに大変なこと言ったのかしら?

よく分からない私は窺うように彼の顔を覗き見た。

「……俺は母の魔族としての力を奪った、この翼を好きではなかった。どうして俺だけにこの翼があるのかと疑問を抱いたこともある……」

え……?

私はライナスの初めての告白に息を飲んだ。だから……魔国においても異形の姿だと言っていたのかしら?

「……未だその答えは見付からないが、お前はそれを受け止められるのだな……」

「当たり前じゃない。私、その翼で二度も助けられてるのよ? それにライナスにその翼があるのって、ちっとも不思議じゃないわよ」

だって、ライナスってアークそっくりなんだもの。

そう言った私を、今度こそ驚きの瞳でライナスが見詰めたわ。

「……お前は本当にその時を見てきたんだな……」

「だからぁー、そう言ってるじゃない。髪の色も目の色も違うし、アークの方が庶民的な雰囲気だったけど、顔とか本当にそっくりだったのよ?」

「そうか……」

感慨深そうにライナスは頷いたままだったけど、私は自分の見てきたことを全て話した。

「……だから、とっても大変な旅だったけど、いわば魔族って種族を超えた愛の結晶なのよ?」

今までに聞いてきた御伽噺で一番だった話を聞かせながら、私は興奮していた。

「種族が違うのは、俺もお前も同じことだな」

「え……?」

ドックン!

なっなんで心臓がっ!?

「そ……それはっ、アークとオリヴィアの話でしょっ!」

急に恥ずかしくなってライナスから飛び退く。その振動で今まで眠っていた子竜が目覚めてしまった。

ピィ! チィーチィー。

甘えたように鳴き始めた子竜を撫でながら私はゆっくりと言った。

「……この子の名前を決めたわ」

「……アークライトか?」

「そうそうっ!」

「希望の光という意味だ。良い名だ」 

甘えるように鳴く子竜を撫でながら、ライナスが優しく笑った。私にもどうして彼にだけ翼が与えられたのかなんて分からないわ。だけど、それはライナスに凄く似合っていて、嫌いになれる訳なんてなかった。


 

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