傾国の姫君
しるし3-2 あなたの助けになる
「いったたた……」 地面に衝突した振動で意識を取り戻したのかしら。瞼を開けた瞬間、全身に痛みが走った。 でも細かい痛みはするけれど、殆ど擦り傷みたい。それほど大きな怪我じゃないみたいね……って、あれっ? ライナスは? 慌てて辺りを見回してみると、少し離れた場所に彼が横たわっている姿を見つけた。衝撃で飛ばされたのかも知れないわ。 「ライナスっ……」 体中を酷くぶつけて声が出ない。それでも私は痛む体を引き摺って彼の元へと辿り着いた。 「!」 間近で見てみると彼のサポーターは吹き飛び、服が破れて大きく抉れた肩先からは鮮血が流れ出ている。他にも破れた箇所には大小の傷が沢山あるわ。彼の方が重傷じゃないっ! 「ライナスっ!」 慌てて揺さ振っても意識が戻らないわ。頭を強く打ったのかしら? でも、こんな森の中じゃ治療なんて出来ないし……。 膝の上にライナスの頭を乗せて辺りを見回してみたけど、鬱蒼と茂る木々と、僅かに覗く空しか見えなかった。 「ここ……どこよ? どうしたらいいの……?」 こんなにも視界の悪い場所じゃパメラからも見えないだろうし、ライナスが気を失ってるんじゃアグレイヤも呼べないわ。 「ライナス……」 不安になって膝の上で青ざめてる彼に呼び掛けたけど、返事はなかった。 それにしても酷い怪我。もしかして私を庇ったからこんなにも大怪我をしたの……? 意識を失う瞬間を段々と思い出してきたわ。ライナスは私を包むように抱き込んで、そのまま落下した。彼が居なかったらこうなっていたのは私の方だったかも知れない。いいえ、もっと酷いことになってたかも知れないわ……。 そう思った瞬間涙が出て来た。ずっと機嫌が悪くて冷たかったけど、彼はちゃんと咄嗟に私を庇ってくれたじゃない。 「ごめんなさい……ごめんなさい……」 こうなってしまってからじゃ遅いのかもしれないけど、私は意識のない彼に謝ることしか出来なかった。 ひっく……うっく……。 泣いてる場合じゃないって分かってる。だけど嗚咽が止まってくれないわ。 どうにかしようと無理矢理気を落ち着かせていたら、突然すぐ目の前の茂みがガサリと鳴った。 「!?」 なっ……なに!? 一瞬で緊張に身が強張る。ライナスが身に着けていたパルチザンを掴んで素早く構えると、私は震える両手で握り締めた。 当たり前に竜がいる森なんですもの、考えてみたら猛獣がいたっておかしくないのかも知れないわ……。 槍なんて使ったことないけど、今はこれしかないから仕方がない。生唾を飲み込んで息を殺していたら、見詰めた先の茂みがまたガサリと揺れた。 「!」 その瞬間、ビクッと体が痙攣した。 落ち着いて、私の体。今だけは言うことを聞いて頂戴。 そう念じながらゆっくりと息を吐く。そうして漸く自由になってきた腕を上げると、茂みへと矛先を向けた。 ガササッ! 目の前の草むらが一層大きく揺れたと思った瞬間、何かが飛び出してきた。 「!!」 勢い良く転がり出てきたその生物を見て一瞬緊張が走った……けど、私はそのまま唖然となった。 「ピィ!」 その生物が動けなくなった私を見て、元気よく? 鳴いた。 「な……なに?」 淡いピンク色をしていて、手に乗りそうなくらいに小さなその生物は……。 「ピィッ!」 どう見たって子竜じゃない!? 呆然としている私の足元に、子竜が嬉しそうにヨチヨチと走り寄ってきた。そのまま甘えるように靴に頬擦りしてくる。唖然として見下ろす私と目が合うと、子竜は子猫のように嬉しそうにクルクルと喉を鳴らし始めた。 信じられないと宙を仰いでから改めて足元に戻した視線に、またも子竜がクルクルと反応をする。 「もしかして……懐かれてる……?」 何度かそのやり取りを繰り返してみても反応は同じだわ。私は恐る恐る子竜の頭を撫でてみた。 チィチィと甘えるように鳴き始めた子竜は掌に擦り寄ってくる。……本当に懐かれてるみたいだわ。だけどこんなことをしてる場合じゃないのよ! 私はライナスの元へと戻るとしゃがみ込んで、傷の具合を確かめてみた。 無残にも抉られた場所からは鮮血が流れ出ているわ。よく見ると足元にも大きな切り傷がある。 「どうしたらいいの……?」 又も泣きたくなった時、今まで足元でチィチィ鳴いていた子竜が、よろけながら草むらへと頭を突っ込んだ。 「……?」 何してるのかしら? と思った瞬間、口先に何かを咥えて出てきた。 あれ? それっていつもライナスが食べてるサラダのギザギザ草じゃない? ショリショリと小気味のいい音を立てて子竜が草を食べ始めた。それって竜の食べ物だったのね……と感心してたら、子竜がすり潰した草を口先に咥え直してライナスの傷へと押し付け始めた。 「?」 何してるのかしら? よく見えなくて覗き込んでみと、信じられないことに草を押し付けた足元の傷の血が止まっていた。 「竜達の傷薬でもあるのね!」 ギザギザの草なら毎日のように見てるから分かるわ! 私は子竜に倣うように茂みを掻き分けた。 「!」 するとその辺り一帯にギザギザした草が群生している。気付かなかったけど、よく見たらあちこちに沢山生えていたわ。 「……だからこの森に竜はいるのね」 エルネスタじゃ見たこともない物だけど、この草が竜達を育んでいたんだわ。 私は感心しながらも両腕一杯にその草をかき集めた。これくらいあればきっと足りるわよね、待っててねライナス。今度は私があなたの助けになるわ。 「ありがとう、子竜ちゃん」 草の存在を教えてくれて、治療も続けてくれている小さな子竜にお礼を言いながら、私はその子に倣って草を一口咥えてみた。葉の色と同じように濃い緑の風味が口いっぱいに広がる……。 ショリショリショリ……その青臭さと苦さに耐えながらゆっくりと噛み砕いてみると、ピリピリとした痛みが舌を刺激し始めた。 あんまり美味しい物じゃないわね……。 そう思った瞬間、ぐらりと視界が揺れた気がした。 「あるぇ……?」 何だか舌ももつれてない? 驚いたのと同時に気が遠くなってきた。でもふわふわして何だか気持ちがいいわ……。 そのままどさりと倒れ込んだ。急激に薄れていく意識に体が支えられなくなっちゃったみたい。 ピィー! ピィー! あぁ……子竜が心配そうに鳴いてるわ……でも大丈夫よ……ちょっと眠たくなっただけだから……。 そして私は完全に意識を手放してしまった……。 |
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