傾国の姫君

 

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しるし4-1 少しだけ信じてみた


 

おぎゃぁ……おぎゃぁ……!

「おめでとう御座います! 王子様の御誕生でございますっ!」

「そぅ……」

「……これはっ!?」

「王様っ! 大変で御座いますっ! 王様っ!」

 

慌しい室内には柔らかな日差しが溢れ、誕生の喜びを暖かく照らしているようだ……。

しかしここは一体どこなんだ?

空中からの朧な視界に、ライナスは自分がこの世界に存在していないことを知った。

「本当なのかっ!?」

勢いよく開いた扉と同時に、精悍なる面持ちの若き男が飛び込んできた。

「こちらをご覧下さいっ!」

「!」

産湯から取り上げられた生まれたばかりの我が子を抱いて、若き王は感動に打ち震えているようだった。

「これは正しく神竜の翼! 良くやったなファンティーヌ!」

ファンティーヌだと!?

突然母の名前を呼ばれ、ライナスは驚愕に目を見開いた。

幸せそうにベッドに横たわっている女性が母だという事は、腕に抱かれているのは俺……なのか?

「おめでとうございます! 神竜の御子様の御誕生でございます!」

喜びに騒ぎ立てる従者とは別に、王は疲れたように微笑む后の元へと跪いた。

「良くやった……が、お前はもう子が出来ぬ体になってしまったのだな……」

表情までは見えないが、震えて聞こえてくる声は涙ぐんでいることを伝えている。

「……何を仰いますか。全ての力を無くしましょうとも、神竜の御子を賜れたのですもの。これ以上に光栄なことなどありませんわ……」

疲れて消え入りそうではあるが、澄んだ響きは本心から喜んでいることを物語っていた。

「……そうか……では名前は予定通りライナスで良いのだな?」

「……えぇ、悲しい伝説を持つこの国を、救えるような王子に育ちますように……」

暖かな涙を浮かべる母の顔は、美しくも優しいものだった。

こうして俺は生まれてきたのか……。

ライナスは若き父母の、慌しくも幸せそうな光景を、いつまでもじっと見詰めていた……。

 

 

 

ピィー! ピィー! チィーッ!

耳元で忙しく鳴き叫ぶ声でライナスは覚醒した。ゆっくりと瞳を開くと、そこには自分の周りをグルグルと走り回っている子竜の姿がある。

「……なんだ?」

生まれた時の夢を見ていた様だが、頭を強く打ったらしい、落下する前後の事は微かにしか覚えていなかった。

「!」

そういえばリーナはどうしたんだ?

慌てて見回した先に、倒れている妻の姿を発見した。が、体が軋んで言うことをきかない。

酷く打ち付けたようだ、服はあちこちが破れ、所々に傷が見えている。だが、誰かが治療をしてくれたのか、そこには火竜草をすり潰した物が押し当ててあった。

「これは……お前なのか……?」

尋ねてはみたが、孵化したばかりであろう子竜はピィピィと鳴くばかりで、話にはならなかった。

「……っ!」

悲鳴を上げる体を引き摺りながら、倒れたままのリーナの元へと這って行く。揺さ振るように抱き上げると、握られたままの掌から火竜草が零れ落ちた。

「まさかこれを……!?」

予感は的中した。リーナの口元に緑色の付着物があったのだ。

「……莫迦な!」

慌てて口内へと指を差し込み吐かせようとしたが、全く意識のない体は反応をしてはくれない。

「なぜこんな事を!」

火竜草はリンが豊富に含まれる、火を吐くための竜の主食だが、人間が食べると中毒を起こし、強い催眠と幻覚効果を持つ毒草だった。

「アグレイヤ! ここだ! 降りて来い!」

叫んだ瞬間、遥か頭上からキィと鳴く彼女の声が返ってきた。一陣の風の後、バサリと舞い降りてくる。

「城へ向かえ!」

リーナを抱え上げると、ライナスは手綱を取った。急ぐ彼の気持ちが通じたのか、彼女はすぐさま飛び立つ体勢を取った。

「ピィッ!」

その瞬間、子竜が抱きかかえられたリーナの胸の上へと飛び乗る。

「お前も来るんだな?」

そう尋ねると、鳴いて返事をした子竜をも乗せて、アグレイヤは大空へと舞い上がった。

 

俺が……悪かった。

城へと向かう大空の上で、ライナスは顔色を失った愛しき妻の体を抱きしめた。

発情期を迎え不安定になっていたとしても、愛しき者を守れなかった不甲斐なさを痛いほど感じる。

パメラも発情期を迎えていることは無論知っていた。その不安定な彼女に一人で乗せてしまったのは自分だ。

キューキュー。

子供を呼ぶ独特の鳴き声でパメラが後を着いて来ていた。並走するように飛行すると、子竜を見詰めもう一度キューと鳴く。

「そうか……」

この子竜の鳴き声に反応したんだな。

ライナスは、何かを探すように上下飛行を繰り返す彼女の姿を思い出した。

母親になる時期が近い彼女が、子竜の声を聞き付けて反応するだろう事は理解出来る。あんな場所に孵化したばかりの子竜が居るとは思わなかったが、敏感になった雌竜が思いも寄らない行動を起こす事くらい、知っていた筈ではないか。

それなのに……。

自分の変化にばかり気を取られ、お前の事を考えてやれなかった……。

後悔と自責の念で胸が潰れそうになる。無視するように突き放した時の、あの戸惑ったような、寂しそうな顔が思い浮かんだ。

「……リーナ……」

絞り出すように呼ぶ声にも反応はなく、いつも桃色をしている頬は、今は白く青ざめていた。

どの位を飲み込んだのかは分からないが、量によっては酷い中毒を起こし、昏睡状態に陥るとも聞く。

「アグレイヤ、急げ!」

意識のない愛妻の体を強く抱き締め、ライナスはやっと見えてきた城へと急いだ。 


 

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