傾国の姫君

 

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特徴8-1 「………」無言で抱きつく


 

「姫様、準備は整いましたか?」

どこから手に入れたのか、アルヴィアが珍しく長いスカートを引き摺るように身に着けて私に声を掛けた。

「う……ん、ちょっと待って」

そう言う私も、いつもの綺麗な色のドレスとは違い、地味な灰色の飾りが少ない服に腕を通しているわ。

「だけど、大丈夫かしら?」

婆様のところに行くって決めたのは私なんだけど、一夜明けた今となっては不安ばかりが頭を過ぎる。

「ライナス様は終日会議ですし、ガイル参謀総長は本日も軍の越冬の準備で夕方まで出掛けられております。内密に動けるのは今日以外にはないと思われます」

もぞもぞと着替える私に向かって、アルヴィアが相変わらず真面目な顔をして言った。だけど何だかアルヴィアの方がこの作戦に乗り気なように見えるのは気のせいかしら。

「アルヴィアは、大丈夫なの?」

何がですか? と答える代わりに、彼女のダークブルーの瞳がキラリと光る。

「私は姫様の侍女であると同時に、護衛でもあります。姫様がお出掛けをされる際は、同行するのが当然です」

静かに聞き入っていた私の耳に一旦途切れた後、彼女の「それに」という声がゆっくりと届く。

「姫様がお一人で悩まれる姿やその涙は、私にとって戦ほどの重大な事変でもあります。側近たる私が、その解決に尽力するのも当然の事だと心得ます」

生真面目で固い言い方だけれど、彼女が私の事を本当に心配してくれてるんだという事が痛いほど分かる。

「そうとなったら急ぎましょ」

暖かい言葉にまた溢れそうになる涙を堪えながら、私はそっと勉強部屋の扉を開いた。

 

 

 

アルヴィアと一緒だからなのか、忙しくてそれ所じゃないのか、私達は人々の目をすり抜けながら順調にお城を抜け出すと、門番には「散歩」だと言って城門の外へと出た。

「姫様、ここからはお顔が出ないよう、フードを被ってください」

高い崖の天辺にあるお城から離れると、草原を渡ってから魔国の町並みがあるわ。私達はそこで一旦足を止め、持っていたコートを頭から被った。

「そうね、魔国の住人は皆緑の髪だもんね、このままじゃ一発で人間だとバレちゃうわ」

ごそごそと被った濃いグレーのコートから頭を出しながら、私は襟元を正した。まさか魔国の民が私達を見付けて襲ってくるとは思わないけど、人間を良く思っていない人もいるんだって、何度も聞いたわ。

「それから、出来るだけ視線は上げずにお進み下さい。城下町を越えて森の外れに出るまでの辛抱ですので」

「そっか魔族って瞳も金色で、私達とは全然違うものね」

言われて思い切り深く被ったフードの前を手で握り締めながら、私は何だか不安になってきた。昨日は感情のままに婆様に会いに行くと言ったけれど、これって結構大変な事なんじゃないかしら?

「では、城下町に入ります」

促されて進んで行った町並みは、活気はエルネスタの城下町にも似ているけれど、その倍以上はある規模に私は気が遠くなるのを感じた。

「………」

ワイワイと賑わう石畳の町並みには、軒を連ねる商店の売り物が道に食み出さんばかりに溢れている。その中には見たこともない果物もあって興味をそそられるけれど、私は必死に顔を上げないように注意をしながら先を急いだ。

まだなのかしら……?

もう随分と歩いた気がするというのに、町の活気は収まるどころか中心部に向かっているように道が広がっていった。

ガラガラとけたたましい車輪の音と共に、荷台に山ほど袋を積んだ馬車が私達の横を通り過ぎる。道が広がるに連れて増えだした馬車を避けるのに苦戦しながら、私達は人ごみに紛れながら必死に歩いた。

フードを被っているから視界が悪いわ。

冬が近い事もあってコートを着ていても暑くはなかったけれど、私はその視野の狭さに辟易していた。人と馬車と道端に溢れる商品が、思った以上に障害物となって私達の行く手を阻む。

緊張の連続に疲れを感じ、ふぅと溜息を漏らして気を抜いた時、一段と大きな馬車が急に角を曲がってきたけれど、突然のことに驚いた私はその場から逃げ遅れてしまった。

「ひっ……リーナ様!」

姫様と呼ぼうとして言い直したアルヴィアの声が一瞬遅れた。ガガガと耳障りな車輪の音と共に、ヒィィーンという馬の悲鳴にも似た叫びが響く。

まるでスローモーションだわ。

そうぼんやりと思いながら道端に倒れた私から脱げてしまったフード。だけど必死に隠していたハニーブロンドの代わりに舞い降りてきたのは、ライトグリーンの柔らかな髪の束だった。

「!?」

バレた! と思っていた私は、転んだ事よりもその事がショックで中々立ち上がれなかった。

どうして!? っていう疑問が頭を占めて上手く動く事が出来ない。しかも、やっとの思いで見上げたアルヴィアの瞳は金色に輝いているし。

「!?!?」

重なるショックにへたり込んだ私の横から「角を曲がる時は注意をするのが当然でしょう」と、聞き慣れないけれど、やや怒ったような声がしてきた。

「すまねぇ、急いでたもんでな。大丈夫かいお譲ちゃん達」

馬車の運転手だろう、厳つい男が私の体を助け起してくれながら声を掛けてくる。

「えぇ……」

呆然となりながらも返事をして立ち上がった私をじっと見詰めて「怪我はないようだな」と安心したように息を吐くと、厳ついおじさんは悪かったなと言って再び馬車へと乗り込んだ。

「な……何なの?」

走り去る馬車を見送った後、気を取り直した私はアルヴィアへと声を掛けた。だけど彼女もまだこの状況が飲み込めずに、金色の瞳を見開いたままだったわ。

「婆様から聞いていた通り、勇ましい姫様ですね。勇敢というよりは少々無謀なのかも知れませんが」

こんな時に何を冷静に分析しているのかしらって、いつもの私だったら言ってたかも知れないわ。だけど目の前に現れた背の高い少女は優しく微笑んでいて、私は初めて見る魔国の民を食い入るように見詰めた。

「お迎えに上がりましたわ、リーナ姫様。私は婆様の弟子をしているレオノラと申す者です」

上品に会釈をする様は、あの恐ろしげな婆様の弟子だとは到底思えないほど優雅なものだった。

状況が全く掴めずに困惑している私達に向かって、レオノラと名乗った少女は「ここでは詳しい事は話せませんので」と道を案内し始めた。

 

さっき馬車に轢かれそうになった場所が一番の町の中心部だったみたいね。進むにつれてまばらになってきた人込みに安心して、私はゆっくりと息を吐いた。

「婆様から迎えに行くようにと言われた時は、まさかとは思いましたが、本当にいらっしゃるとは」

振り返る若草色の短い髪を揺らせて、レオノラが面白そうに言った。

「無謀だとは思いますが、私は嫌いではありませんよ」

薄い眼鏡の向こうでキラキラと輝く金の瞳が、柔らかく細められている。

「ここまで来たのなら、もう説明してくれてもいいんじゃない?」

大分気を取り直した私は、ちょっと不貞腐れたように水色の風変わりな裾の広い服を着た少女に言った。

「そうですね、ここを抜ければ婆様の屋敷がある森に入りますからね」

いつの間にか石畳は畦道へと変わり、民家よりも畑が広がる景色になっていた。私はぐるりと周りを見渡してから、ゆっくりと疑問を口にし始めた。


 

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