傾国の姫君

 

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特徴9-1 「違うでしょ?」嘘も強がりもあっさり見抜く


 

城壁までレオノラに送ってもらい、髪と目にかけられていた術を解いてもらうと、私達はこっそりと城門の方角を窺った。

「あれって……」

後姿だけれど門の所に立っているのってやっぱりグレイムさんよね。そう思った瞬間、くるりと振り向いたグレイムさんとばっちり目が合っちゃったわ。

「これはレオノラ様……お二人で城外に出られたとお聞きしましたが、婆様の所へと行かれていたのですね」

私達の姿に気付いたグレイムさんが声を掛けながら近付いてきた。レオノラも一緒だったから婆様の所に行ってたんだと気付いたのね。

「……黙って出掛けちゃってごめんなさい。外に出るって言ったら反対されるかもしれないって思ったの」

私は心配そうに佇んでいたグレイムさんの姿を思い出して素直に頭を下げた。

「反対は……いたしませんが、今は姫様の良からぬ噂が立っていると聞いておりますので、充分お気をつけください」

困ったように静かに語るグレイムさんは、どのくらいあそこに立っていたのか、少し寒そうに見えた。

「私が町までお迎えに参りましたので、ご心配に及ぶ事はありませんでしたよ」

黙って話を聞いていたレオノラが静かに口を開く。それを見たグレイムさんが「お世話をお掛けしました」と柔らかく微笑んだ。

「では、私は館に戻りますので」

そう言って身を翻したレオノラに「婆様に宜しくね」と言って手を振って見送ると、私はグレイムさんと共に半日振りに城内へと戻って行った。

 

いつも使っている勉強部屋へと戻ると急に疲れがどっと湧き出してきた。

「何だか今日一日で色んなことを学んだ気がするわ……」

いつもの服に着替え直しながら溜息をついた私の隣で、アルヴィアも「そうですね」と言いながら髪をかき上げている。その様子も何だかとても疲れているみたいで、私達は無言で椅子へと腰掛けた。

「私ね、今日婆様の所へ行ったことをライナス達に話そうと思うのよ」

「それは構いませんが……」

急な私の提案に、アルヴィアが戸惑ったような表情を浮かべた。

「だって、前にガイルが言ってたじゃない? 古語を取得して周りを冷静に見詰める目を養う事から始めなければ、何も見えては来ないって」

私の言葉に思い出した様子でアルヴィアがゆっくりと頷く。

「ガイルにも、ちゃんとライナスの枷のことを知ったんだって言っておきたいの」

真剣に話す私の態度にアルヴィアの目が柔らかく細められた。

「では、勝手に出掛けたことを、私も一緒に参謀総長に叱られましょう」

アルヴィアがガイルに叱られる姿なんて想像もできないわよ。そう笑いながら私達は今後のことを話し合った。

 

 

 

「お帰り、ガイル」

夕食前にやっと戻ってきたガイルを勉強部屋へと引っ張り込むと、私達は目の前にある椅子を勧めた。

「もう古語の勉強はお一人でも充分なはずですが、何か質問でも出来ましたか?」

全く事情を知らないガイルが不思議そうに私の顔を見詰めている。この様子だとグレイムさんは何も言ってないのねと探りながら、私はゆっくりと口を開いた。

「質問じゃないけれど、気付いた事があったから言っておこうと思って」

軍務から戻ったばかりのガイルは疲れているだろうけど、私の真剣な様子に椅へと腰掛けた。

「……今日、お城を抜け出して森の婆様の館に行ってきたの」

突然な話の切り出しに、ガイルの双眸が大きく見開かれたかと思うと、大量の溜息がその口元から零れた。

「……それはまた……大胆なことですね」

呆れたような溜息と共に漏れ出した言葉には疲れが窺えるわ。だけど私は気付かない振りをしてそのまま話を続けた。

「ガイルの妹のレオノラにも会ったわ。賢そうでとっても上品だった……って、話したいのはそんな事じゃないのよ」

一日で色んな事がありすぎて何から話せばいいのか分からなくなっちゃったわ。

「婆様の館にて、有翼の神託というものを拝見してきました」

混乱して焦っていた私を助けるように、アルヴィアが口を開いた。

「……城を抜け出したのは姫君だけではなかったんですか」

「私は姫様の侍女ですので、何処に行かれるにも同行するのは当然です」

呆れたガイルにアルヴィアの力強い声が畳み掛けている。一緒に叱られようねって言ってたのに、アルヴィアってガイルに対して強いのね。

「まぁ……終わった事は仕方ないですね」

うわっ、ガイルの方が譲歩したわ。なんて感心していたら、私を振り向いた真剣な目と視線がぶつかった。

「有翼の神託を読んだのであれば、王子の枷がどのようなものなのか分かったという事ですね」

「分かったわ。ライナスも私と同じで生まれる前から予言があったんだって。古語を覚えると色々なことが見えてくると言ってたのはこの事だったのね」

こくりと頷きながら言う私を見て、ガイルの瞳が柔らかく細められた。

「そうです。これからも沢山の事を知る事となるでしょう」

「有翼の神託には審判の時に何かが起こるってあったけど、それが何なのか分かっていないことも聞いたわ」

そう言った私に急にガイルが真剣な目をして言った。

「民が王子へと過剰なる期待をするのは、その神託があるからなのですが、王子自体もそれが何なのか分かっておられません」

何が起こるのか分からない上に、自分自身を差し出せだなんて、不安じゃないのかしら……って思っていたら、ガイルが教えてくれるように口を開いた。

「王子が有翼の神託のことをどう思っているのかは分かりませんが、生まれてからずっと言われ続けてきたことですので、ご自分なりに受け止められていることと思いますよ」

「でも自分自身を差し出すなんて、死んじゃうかもしれないって思わないのかしら?」

「自分自身を犠牲にしてでも民を守る教育を、王子は幼い頃から受けております。それに王子の性格上、そうなった時は何も言わず動かれるでしょうね」

「………」

それに返す言葉が見付からなくて、私は黙り込んでしまった。それと同時に軽いノックの音が扉から聞こえる。

「ライナス様がお戻りになられましたので、お夕食を始めたいのですが」

顔を覗かせたグレイムさんも話し込む私達に気付いたのか、どこか遠慮がちだったわ。

「分かったわ、すぐに行きます」

私は取り合えず話を打ち切って、今まで座っていた椅子から立ち上がると廊下へと部屋を出た。

だけど、自分自身を捧げる教育なんて寂しすぎるじゃない……。

王家の嫡子として生まれてきたからには仕方ないのかも知れないわ。きっと兄様だって同じような教育を施されてきたはず。だけど誰も苦しまない方法を探す事が一番大事だと思う。

いつも夕食を摂っている広間へと移動しながら、私は釈然としない思いに胸を痛めた。


 

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