傾国の姫君

 

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特徴9-1 「違うでしょ?」嘘も強がりもあっさり見抜く


 

夕食は何となく切り出しにくくて何の話もしないまま終ったわ。勿論婆様の所に行ったことは伝えたけど、ライナスにいきなり「その身を捧げるつもりなの?」なんて訊けないじゃない?

一人戻ってきた寝室の中で、私はすやすやと眠るアークに寄り添った。

「ねぇアーク、神竜の審判っていったい何なのかしらね」

そう話し掛けても最近一段と大きくなったアークは安らかな寝息を立てたままだわ。私は仕方なく最近読みながら寝るのが日課となっている「創国記」を手に取るとベッドの中へと潜り込んだ。

もう随分と読みなれてしまった頁をパラパラと捲る。民を救ったアークライトと、その人間を救うために堕ちたオリヴィアの挿絵のところで手を止める。

「あなた達だったらどうする?」

そう訊いても返事なんか返ってこない事くらい分かってる。これは今の時代を生きている自分達で考える問題なんだってことも。だけど……。

「ライナスを失いたくないのよ」

ボソリと漏れた本音に目頭が熱くなった。慌てて目元を拭ったけれど不安は消えてはくれないわ。

「珍しいな、まだ起きているのか?」

溢れそうになる涙を我慢していたら、残った書類を片付けに書斎へと行っていたはずのライナスが寝室へと入ってきた。

「今日はもう終わりなの?」

涙の痕を誤魔化すように、私は平気なふりをしてライナスに尋ねた。

「今日の分は、な。明日の会議で進めなければならない所まで処理してある」

疲れたように夜着へと着替えるライナスの背中から覗く神竜の印。それを見た瞬間、また胸が痛くなった。

格好良いと、綺麗だとさえ思ったものに、こんなに深い意味があったなんて……。

私は痛みが増す胸を押さえて深呼吸をした。そうして落ち着けないと泣き出しそうなんだもの。

「毎日忙しくて大変よね」

吐き出す息と共に声を掛ける。だけど声が震えないように気を使うので精一杯だった。

「今に始まった事ではないからな」

そう言いながらベッドへと入ってきたライナスの顔は、私から見ても充分に疲れているわ。

「一人で背負い過ぎなんじゃない? 誰かに相談する事は出来ないの?」

そう言った私に、ライナスは少し驚いたように片方の眉を上げた。

「……お前は何も心配するな。この国の民を守るのは俺の義務だからな」

何でもない事のように言うライナスに、私は「違うでしょ?」って言い掛けて言葉を飲み込んだ。自分が生まれる前から勝手に存在した不吉な予言なんて、納得できる訳ないじゃない。

私が言っている意味を正確に理解して、ライナスが答えてるとは思わないわ。だって有翼の神託を見たことを言ってはないから。だけど今のライナスは無理してるんだって、見ているだけですぐに分かる。顔色も優れないし、食欲だって落ちてるじゃない。

今までは自分への予言の事だけで頭がいっぱいだった。私ってやっぱり呪われてるのねって何度も思ったわ。だけどそれは私だけじゃなかった。

気付いてから分かることって本当にあるのね。

私は婆様とガイルの言葉を思い出しながらゆっくりと寝返りをうった。

ライナスも重い枷を背負って生まれてきたんだって、知って初めて彼の立場が見えてきたわ。神託のせいで民から過剰な期待をされてるってことも、人間を娶ったために不吉な前兆が現れたって言われていることも。

だからさっき「心配するな、義務だから」って言ったライナスの言葉は嘘だわ。じゃなかったら私を不安にさせないための強がりね。だって問題が山積みなこれからの事が、不安じゃない訳ないじゃない。だけど……。

「色々と言われてるけど、自分の身を差し出して民を救う決意は出来ているのね」

規則正しく漏れ出したライナスの寝息に振り向く。そこには少し痩せてやつれた寝顔が疲れたように横たわっていた。

「一人で抱え込まないで。私は貴方の助けになりたいの……」

心配するなって貴方はきっとまた言うでしょうね。だから私は私なりに頑張るわ。

そう決心してから、眠るライナスを起さないようにゆっくりとベッドから降りる。扉の向こうに続く、人気のない真っ暗で長い廊下は、不安で先が見えない私達みたい。

だけど私は唇を噛み締めて、冷たい空気が満ちる廊下へと一歩を踏み出した。右手には燭台の僅かな光しかないけれど、左手には国を救った「創国記」がある。私は私に出来ることをするために静かな闇の中へと足を進めた。


 

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