傾国の姫君

 

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特徴2-1 「ダメじゃん」「勉強するから!」


 

あの婆様の言葉って何だったのかしら?

「姫様、また考え事ですか?」

あれ以来悩むようになった私を、アルヴィアが心配してくれた。

おやつに出されている大好物のプリンを目の前に、スプーンをいつまでも持て余したままなんだもの、不審がられても仕方なかったわね。

だけど“審判の時が近い”って言ってたわ。それが何なのか気になっても仕方ないって思わない?

う〜ん。

「……そう言えばライナスって重い枷を背負って生きてきたとも言ってたわね……」

思わず考えていた内容が口から零れちゃったけど、目の前のライナス自身には聞こえなかったのか、涼しい顔をしてコーヒーを飲んでる。

だけど、真後ろに立っていたガイルの口から息を呑む音が聞こえたのを私は見逃さなかったわ。

これは……。

「ねぇっ、今からまた謁見の間なんでしょう?」

急いでプリンを食べ尽くしながら、私は何でもない風を装ってライナスに尋ねてみた。

「そうだ。午後の会見がまだ残っているからな」

「そう、じゃぁ私はアルヴィアとガイルに剣術でも教えて貰おうかしら? いい?」

そう聞いた私にライナスが一度ガイルに目を向けると、ゆっくりと頷いた。

「……良いだろう」

やった、第一の作戦は成功ねっ。

「じゃぁ腹ごなしに早速行きましょう!」

そそくさと立ち上がった私を一瞬ライナスが不思議そうに見詰めたけど、それにはお構いなしでアルヴィアとガイルの腕を強引に引っ張って歩く。

「ガイルも参謀総長としての仕事があるからな、長時間の練習は無理だぞ」

「分かってるわよー」

後ろから掛けられた声にも振り向かずに答える。ごめんなさい、だって今はそれどころじゃないのよ。

 

「……で? ライナスの枷って一体何なの?」

いつも戦竜で飛び立っている裏庭に、強引に二人を引っ張ってきた来た私は、言いながらガイルを振り返った。

「………」

「ねぇっ、ガイルったらっ」

三十センチ以上の身長の差なんてこの際関係ないわ。私は腰に手を当てたまま、黙り込むガイルを問い詰めるように睨み付けた。

「……姫様がこの国に嫁ぐ事に反対されていたという話と同時に、私もその内容を知りたいと思います。話に寄っては今後身内からも姫様をお守りする事になり兼ねません故……」

アルヴィアから静かに真摯な眼差しで見詰められたガイルは、少し考えてから観念したように口を開いた。

「……お話しても構いませんが、今の姫君では内容を聞かれても、理解できないかと思います」

ムカっ。何よその言い方。

「冗談で言っているのではありません。まずは古語を習い、周りを冷静に見詰める目を養う事から始めなければ、何も見えては来ないと言っているのです」

唇を尖らせてむっつりとした顔の私を見ながら、ガイルの言葉はいつも以上に冷静だった。

「……じゃぁ今は、話す気がないっていうのね?」

これじゃ第二の作戦は失敗かしら?

確認するように聞き直した私に向かって、ガイルがゆっくりと目を細めた。

「ですが私は人間と魔族の繋がりに反対しているのではありません。寧ろ歓迎しております」

え?

「魔族の中に在ってなお、稀有なる神竜の翼を持ってお生まれになったライナス様を、孤高の者として扱う者がこの国には多い。同属では理解できない寂しさを、口には出されないまでも抱えられているのかも知れません」

「あの翼ってそんなに大変なものなの……?」

まぁこの国に一人しか居ないって言うんだから、希少だとは思うけど……。

「……矢張り姫君は、もう少しこの国についてお知りになった方が宜しいようですね」

「……じゃぁガイルが教えてよ」

枷が何なのか聞き出すという第二の作戦は失敗だったけど、即座に予定を変更してから言う。その瞬間、ガイルの肩がギクリと上がった。

「なぁに? 嫌とでも? 他国から来た妃に祖国の風習を教える。それって近くに居る側近の仕事なんじゃないのぉ〜?」

勝ち誇ったように言う私の目に、ガイルの表情が渋く映った。ふふん、勝負はあったようね。

いつもはなぁーんにも考えていないように見えるかも知れないけど、嫁ぐ時にこっそりナイフを仕込んできた時みたいに、私って結構策略家なのよ?

「お二人を応援している以上……仕方ありませんね……」

諦めたような溜息と共に吐き出された言葉に、私は喜んで飛び上がった。

「しかし姫君、私の授業は厳しいですよ? 良いですね?」

念を押されるように言われた言葉に、はしゃいでいた私はガイルを振り返った。その目は覚悟を確かめるように厳しいわ。

「わっ分かってるわよ。これから頑張るんだからっ」

背筋に冷たいものを感じながらだけど、取り合えずヤル気があるとこを見せとかなくっちゃ。

「……分かりました。では明日から古語の授業を始めますので」

そう言ったガイルの目は、何故だかいつも以上に優しいものだったわ。

「同属では消し去れぬ寂しさを、少しでも理解出来る様になるのならば、私は協力を惜しみませんので」

ガイルの忠誠心って本当に強いのね。アルヴィアも凄いけど、それって中々持てるものじゃないっていうのは、お城に居た私には分かる。

「それに人間は中々捨てたものじゃないというのは、見ていて分かっております」

え?

何の事だか分からなくてガイルを見詰め返したけど、アッシュゴールドの瞳は柔らかく光っているだけだった。

「では、私はこれから軍へと戻らなければなりませんので」

そう言って身を翻したガイルの背中に「時間取らせちゃってごめんね」とだけ言う。

「そうそう、姫君を傷付ける者には私が容赦いたしませんのでご安心を」

言い忘れたかのように振り返ったガイルは、私の方を見ていない。

「考えられる事ではありませんが、同属からの攻撃があった場合。姫君の周囲全てを私が守りますので、ご心配なさらぬよう……」

見詰める視線の先にはアルヴィアの姿だわ。だけど軽やかに会釈をしてその場を立ち去ったガイルに、息を詰めたままの彼女からは何の返事もなかった。


 

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