傾国の姫君

 

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特徴6-1 ちょっとのことで紅くなる


 

よしっ、今日も勉強に励むわよっ!

いつも利用している勉強部屋の扉を勢いよく開くと、そこにはもうガイルの姿があった。

「おや、今日は昨日と違ってスッキリしたようなお顔をなさってますね」

「え?」

徐に掛けられた言葉の意味が分からなくて、私はじっとガイルの顔を見詰め返した。

「……ライナス様との時間が、よほど有益だったということですか」

あぁ、昨日の話ね。

「お互い頑張ろうって話したのよ」

ガタガタと椅子に座りながら、私は何でもない事のように答えた。だけど、どうしてガイルは機嫌が良いのかしら?

「そんなことよりも、早く続きを始めましょう」

いつも以上にヤル気になっている私を見て、アルヴィアも何だか嬉しそうだわ。

そんな二人と共に、今日も勉強の時間が静かに過ぎていった。

 

「ふぅん、この国の行事も全て神竜に関わることなのね」

私は冠婚葬祭の頁をパラパラと捲りながら言った。

「そうです。子供が産まれた時にも神竜様に感謝をするんですよ」

へぇ……って、あら?

「占いも神竜の御告げなんだわ」

「婆様の宝玉はオリヴィア様の神竜の翼から作られていますからね、神託なのは当然の事です」

そっか、気付かない内に私の周りにも神竜への信仰ってあったんだわ。

「姫君も、神竜様の儀式を経験されたではありませんか」

「え?」

「婚礼の儀式は、数ある神竜様の儀式の中でも一番華やかなものです。それがこの国の王子との婚礼ともなれば、最大の儀式となるのは当然のことです」

そうだったの? と小首を捻った私に向かってガイルが柔らかく微笑んだ。

「姫様は着て間もない時でしたからお気付きになられなくても仕方がないとは思いますが、町中に花を飾り祝福をしていたのですよ」

でも……反対している人も居たんでしょう?

少し暗くなった私の表情を見て、ガイルがコホンと咳払いをした。

分かってるわ。この国の人達だって、この国を想ってのことなんだって。

だって実際に触れ合った魔国の人は、グレイムさんにしてもガイルにしても、ちょっと怖いけど婆様だって、この国のことを凄く考えているじゃない。

だけど分からないのはライナスの事だわ。いくらお父様との約束だったにしても、自分独りで色々な事に耐えてるなんて、あまりにも厳しい状況なんじゃない?

何か聞こうとしても「お前は心配するな」としか言ってくれなかったし。

それは私に力がなくて、言っても無駄だからって分かってはいるけど、その優しさは逆に涙が出そうになるくらい情けなくて寂しいものだわ。

「………」

黙り込んだ私を心配してなのか、ガイルがそっと手を取ってきた。

「?」

こんなことは初めてで、私は驚いた顔のままガイルを見詰め返すしかなかった。

「……姫君、神竜様への信仰が篤い国だということは御理解できましたね?」

うん……。私は問い質す言葉を不思議に思いながら頷いた。

「それでは神竜様と交わした誓いが、いかに重要な事なのかも御理解なさっているはずです」

もう一度こくりと頷く。

「神語を理解できるようになった今の姫君ならば、その意味も分かるはずです」

そう言って持ち上げられた掌に光るのは、初めてこの国に来た日にライナスに渡された結婚指輪だった。

「?」

付けっ放しだった指輪とガイルの顔を交互に見詰めながら、私は促されるようにじっと目を凝らした。

真ん中には竜をモチーフにした金の模様。その横には指輪をぐるっと一周するように掘られた文字が……。

「えっ?」

これって文字だったの……?

“我、神竜の名の下に生涯を懸けて対なる者を愛し守る事を誓う。ライナス・ロイド・ヴェルンハルト”

えっ……?

模様だと思っていた文字が読めたことにも驚いたけど、私はその内容に息を飲んだまま動けなくなった。

目の前のガイルが柔らかく微笑むのが映る。

「神竜様との誓いは、絶対です」

優しく、だけど力強く響く言葉に、私は呆然となったままだった。

「古語を習えば色々な事が見えてくると、先に申した通りです。これからももっとこの国のことを理解できるようになるはずです。勿論ライナス様の事も」

ガイルが自信に満ちた声で言った。

「今まで頑張ってきた御褒美は、これから貴女自身が身を持って実感することでしょう」

ガイルが言っている言葉は聞こえたけど、呆然となったままの私には、まるで窓の外から聞こえる小鳥の囀りのように遠いものだった。

“神竜の名の下に生涯を懸けて対なる者を愛し守る事を誓う”

神竜を大切に信仰する国で交わされた誓いがどれほど重いのか、今の私には理解できるわ、だけど……。

愛し……?

「ライナスはお父様との約束を守るために私と結婚したんじゃなかったっけ?」

溢れた独り言に、ガイルとアルヴィアの口から同時に溜息が漏れた。

「姫様……」

アルヴィアなんて、悲しそうな瞳でこっちを見ているわ。だけど、会ったこともない時に、こんな誓いなんて立てちゃっても平気だったのかしらって思うじゃない?

「ライナス様がされている指輪には、文字は刻まれておりません」

心配している私に、ガイルが諭すように言った。

「えっ? どうして?」

「神竜様との誓いは個人で立てるもの。その文字はライナス様が御自分でなされた誓いです。結婚指輪には、どれしも同じ文字が刻まれている訳ではありません」

そうか、私は今までその風習を知らなかったものね。婚礼の時に誓いなんて立ててなかったわ。だからライナスの指輪には文字がないんだ。

あれ? ってことは……?

「その指輪には、ライナス様の本心が刻まれています」

「………」

それを聞いた時の状況なんて、驚きで混乱したままの私が覚えているはずもなかったわ。

覚えているのはただ、その後の勉強が全く手につかず、間違いばかり起してガイルとアルヴィアを困らせたことだけだった。


 

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